―――― その2日前 オリエンテーション会場中庭 1830 ――――

「―――あぁ、てめぇの、人形遣いは、詰めが、甘い、な」

 吹き飛ばし、壁に叩きつけられた俺を少し観察して、何もせずに去って行こうとする甲冑に向けてそう声をかけた。

 甲冑がゆっくりとこちらに振り向く。でも、それを待つのすら今はじれったい。

「俺を殺したいなら五体を磨り潰し、心臓を抉り出し、脳味噌を踏み潰せ。心臓を剣で突き刺すだけでは生ぬるい。そんなことでは俺は、死に、届かない。」

 相手が完全にこっちを向いたのを確かめ、ゆっくりと立ち上がる。普通の人間ならば目に見えての致命傷。でもそれは奏磨の長子として生まれつき備わった異常新陳代謝だけではなく、母方から受け継いだ宵闇の一族の力により到底死には届かない傷となっていた。

「あぁ、喉が、渇く―――」

心臓を突き刺された痛みで脳が沸騰しているのかもしれない。まともに思考が働かず、内から黒い衝動だけが沸き上がってくる。普段は理性という鎖で押さえつけられているそれを今は止めるものが無い。

 だから、早く、

――― 壊させてくれ

 体が、意識が、軋む。はやくあれを壊せと吼えている。

 カチリ、と何かのスイッチが切り替わった。奏磨とは違う力。夜を司るの一族の力―――

「奏磨流」

 左手を前に掲げ

「魔幻奏術」

 半身を引き右手で弓を引くように形作り

「始式 風弦魔孔」

 想像で創り上げた矢を、射る。

形の無い矢は一直線に相手に伸び、爆ぜた。煙も光も音も、あらゆるものが無い無形の爆発。それが甲冑と、宙に浮く手を地面へと押しつぶす。でもこれだけではまだ足りないはずだ。操り人形である甲冑に対して地面に押しつぶした程度ではダメージは期待できないし同じ轍を踏むことになるだろう。だから、まだ止めない。

「終式 奏王」

 両の手を打ち合わせる。軽く音が周囲に響く。そして、風が、吹いた。

音が急速に収束し、意思を持つように甲冑に殺到する。音が、粉々にくだけた拳から、千切れた腕から、甲冑に開けられた穴から、あらゆる場所から甲冑に入り込む。侵入した音は反射共鳴を引き起こし、やがて、甲冑の耐久度の限界を超え、内側から破裂させた。

「―――は、つか・・・れた」

 粉々になった甲冑を見届けて、その場にどかりと腰をおろした。死には至らないとはいえこの傷では暫くは動くことはできない。幸いもう少しで月も上る。

「仕方ないか・・・」

 動けるようになるか、迎えが来るまでは暫くここでじっとしていることにしようと、そう思った。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場1F廊下 1900 ――――

「あらあら、ようやく見つけましたわ。侵入者さん」

「あら、あんま探した風ではないじゃない?ここは監視カメラのほかに侵入者探査機でも付いてるの?」

 見つかったことにあまり驚いていないのか、その侵入者の少女は文句とも取れる賛辞をこちらに送ってきた。

 長く綺麗な金髪に真紅の瞳の少女は同姓の私でも見惚れるほど綺麗。でも、私の培ってきた経験と本能はできることならあれと敵対してはいけないと言う警鐘を鳴らしている―――

「でも丁度よかった。この屋敷広すぎるのよ。道案内が欲しかったの。あなた、してくれない?」

「お帰りの道でしたらご案内いたしますわ。それ以外の―――この屋敷のどこかへ向かうというのでしたら、ご案内はできませんわ。」

 招かれざるお客様は、という言葉を付け足すとその少女はニッコリと笑う。何かをたくらんでいるような感じでも、私の言葉が気に障ったようでもなく、まるで、本当に出口に行きたかったと言い出しそうな笑顔。

「えぇ、それでいいわ。丁度用事も終わったし、帰りぐらいは玄関から出ようと思ってたの。だってこの屋敷」

 いたるところに結界が張られているじゃない?と少女は笑いかけてくる。

「この手の結界、侵入するのは簡単なのよ。問題は出るとき。うちのものを封じている結界は外に出るものに対して効力を発揮するもの。」

「それで―――このような場所でお待ちになられていたのですか?」

 背中に嫌な汗が流れてくる。おそらくこの少女は、この結界の壊し方も私達が封じているものが何かも知っている。本来なら、この結界に気づいたものを帰すわけには行かない。それでも、私の力を総動員してもこの少女に勝てる気はしてこない―――

 それは恐らく努力では覆せない生来の差。種族としての絶対的な格差。

「別にもう仕事は終わったし、絶対なんて約束はできないけど干渉はしないわよ。そもそも私もこんなに待ってたのには気になることがあっただけだし。その用事ももうすむしね。」

 そう言って少女が振り向いた先にはボロボロのスーツ姿の夕樹さまが立っていた。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場 地下迷宮 18:34 ――――

 もう駄目だと思って、強く目を瞑り居もしない神様に祈っていると、カラン、なんていやに軽い音が響いた後に、無機質なものが寄りかかってきた。

「・・・あれ?」

恐る恐る目を開けるとさっきまで猛然と迫っていた少女は糸の切れた操り人形のようにぐったりと倒れていた。

「もしもーし?」

 頭の片隅では、このまま迷路を突っ切って逃げてしまえ、という声が囁いている。まぁそうしたいのも山々なんだが、これをそのまま放っておくのはかなり居心地が悪い。でも今のこの行動は人としてできた行動だとしても生存本能から考えれば遠慮したい行動でもあるわけで―――

「・・・あーもうっ」

 それでも、寄りかかられてるんだからほっとく訳にはいかないという結論に至った。

「失礼しますっ!!」

 一応断ってガバッと相手の肩をつかみ引き離す。

 カラン、と軽い音をたてその少女はいとも簡単にはなれた。音だけではなく実際相当軽い。

「ちょっ・・・え?」

 首が大きくのけぞり、よく見れば足や手も少しありえない方向に曲がっている。関節に当たる部分には駆動式の人形とかによくついている球状の関節がついていて、首筋には透明な、酷く見えにくい糸が付いていた。

「マジか・・・」

 つまるところそれは人形だったのだ。

 傀儡と呼ばれる戦闘方法。兄から聴いたことがあるが、実際に動いているものを見るのは初めてだし、ここまで精巧に作られている人形も初めてだった。それにこの人形は無機質にとはいえ確かに笑ったのだ。常識で考えればそんなことは不可能だ。

 ならこれを操っていた敵は常識から外れたものだということだ。

「・・・進む・・・か」

 あんまりくよくよ悩んでも仕方ないということはある。気を取り直して、人形の少女に所々壊されあんまり迷路と呼べないようなものを進むことにした。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場1F廊下 19:13 ――――

「・・・真祖・・・か」

 1Fの廊下で癒璃さんと対峙していたのは予想通りというか、まぁ厄介な相手ではあった。

「ふぅん。あなた。やっぱりそうだ」

 近づいてきてまじまじと俺の顔を見ると納得したように頷いた。金髪で真紅の瞳のその少女は悪戯っぽく微笑むとゆっくりと俺の前髪をかきあげる。

「魔眼はまだないの?それとも元来ないのかしら。私と同じ血を引いてるんだから元々ないということは無いと思うのだけど」

 その言葉を聴いて、あぁそうか、と思う。真祖であるその少女と同じ血の当てなんてものは一つしかない。

「アーシャ姉さまも、こんなに近くにいるとは思わなかったけど。運命とか言う奴かしら」

 アーシャというのは母親の名前だ。

うちの母親は簡単に言うと人間ではない。宵闇の一族つまりヴァンパイアと呼ばれる種族の中でも生まれつきそうであったもの―――真祖であり、あまり信じてはなかったがどこぞの王族の第一王位継承者だったらしい。だが元々放浪癖の激しい母親は全部幼い妹に押し付けて世界を巡り、どこぞで父親と出会い今にいたる。

「でも、身体機能とかは全部私達のそれなんだ。でも、少し違うのも混じってるわね。違うか。混じってるのは私達のほうで、貴方のその力は生まれつきかしら。ふーん。面白い力の在り方ね・・・ユウマの力と少し似ているかしら。」

 思わぬ収穫かも、と少女は笑う。そのあと俺から離れると満足したように息を吐く。

「まぁ、いいわ。そうとわかったからには近いうちに貴方の家にもお邪魔させてもらうわね」

「・・・は?」

 そう言って少女は俺の肩をポンと叩いて癒璃さんのほうに振り向く。

「もういいわ。これで用件は全部終わったし、出口に案内してくれない?」

「え、あ、わ・・・わかりましたわ」

 さすがの癒璃さんも完全に置いてけぼりを喰らっているようで呆気にとられている。

「あぁ、それと」

 癒璃さんの誘導を受けていたその少女は角を曲がる寸前こっちを振り向くと思い出したように呟いた。

「貴方の弟、面白力を持ってるわね。彼とも一度あってみたいわ。」

 ニッコリと笑うとそのまま角を曲がっていってしまった。

「なっ・・・」

 その言葉は一抹の不安を俺の心にしっかりと残してくれた。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場迷路出口 2103 ――――

 人形の少女に壊されていて迷路として機能してなかったはずのそれはただ純粋に距離があった。

「こんなにかかるとは・・・」

 時計なんて持っていなかったので正確にどれくらいかかったかはわからないが、相当な距離を歩いた気がする。

 そして目の前には人を馬鹿にしたような長さの階段がそびえ立っている。もうちょっと童心を持っていたのならば数えてみようとか、そういう楽しみ方が見えたのかもしれないが、いかんせんこっちに着いてからずっと歩き通しだ。いい加減比喩とかそんなんじゃなく足が棒になりそうだった。

「上る前に・・・休憩だな」

 謀ったように階段の横には休憩所と書かれた部屋がある。普段なら怪しんで確実に入らないが今は何処でも良いから休みたい気分だ。

「遠慮なく使わせてもらおう」

 休憩室のドアを開けると中は少し甘ったるいような匂いのするベッドが数個置いてある部屋で、包帯でグルグル巻きにされた人が何人かうなされながら寝ていた。

「こんにちは。お疲れのようですからゆっくりおやすみなさいな。」

 呆気にとられているとすぐ横から、壮年の女性の声がした。

「え、あぁ。あいてるとこ適当につかっていいんですか?」

「えぇ、かまいませんよ。ゆっくり寝て、明日に備えなさい。」

 元より今日中に階段を上るなんてあんまり考えてなかったが、その壮年の女性があまりにも人を落ち着かせる、ゆったりとした優しい喋り方をするので今日はここでゆったりと休憩させてもらおうと、そう思った。

 

   PREV

   NEXT


   短編TOPへ