―――― その3日前 自宅 712 ――――

「ここに必要そうな荷物をまとめて置いた。現地は遠い。交通費をあまり工面できないので俺が車で送っていくことにした。」

「・・・は?」

 朝、朝食も終わり身だしなみも整えた俺に仕事から帰ってきた兄貴は唐突にそんな発言をした。自分では起きているつもりだったが、まだ寝惚けているのか。どっかに行くと言っている気がする。というか

「あんた、うちには車なんてものは無いぞ」

 俺の言葉に兄貴は任せておけ、と胸を張りそのポケットからおもむろに縫いぐるみやらなんやらが大量についた車の鍵を取り出した。明らかに家の人間の趣味の鍵ではない。

「昨日客から借りたんだ。代金は一泊の夜の夢代だ。」

「・・・何いってんだ馬鹿兄貴」

「ナニってお前それは―――子供のお前にはまだ早いっ。だがお兄さん的にはそろそろ体験してもいいと思う。」

 因みに俺は二十歳で体験したぞ。なんて余計な情報も入ってきた。

 だめだ。いつも仕事上りは飛ばしているが今日は完全に飛ばしていて人の話を聴いていない。ひょっとしたら俺の話なんて聞く気なんてないのかもしれない。

「さあ、お前の身だしなみも整ったみたいだな。では行こうか、未だ見ぬ約束の地へっ」

「うっさい」

 取り敢えず蹴り倒しておくことにした。テンションの高いときの兄貴はなんていうか、うざい。真夏の蚊の如しだ。それも一匹二匹ではなく数十匹周りを飛んでるぐらいにウザイ。

「大体これから登校しようとしている弟を何処に拉致る気だあんたは」

「何処って、『娘争奪オリエンテーション』会場?」

「・・・は?」

 なんで微妙に疑問系なのかわからないがそれ以上に何故行く気になったのかがわからない。自分の分はすぐにゴミ箱に捨てた・・・くせ・・・に?

「学校への休学願いは既に提出済みだ。さぁ行こうじゃないか。」

「あんた・・・まさか」

「俺は参加しない。でも、お前は参加 さ せ る

「・・・は?」

 何故か兄貴は少しお茶目にそう言うと人を羽交い絞めにして荷物と共に車に押し込んだ。

「半日もあれば着くそうだから余裕で間に合うな」

 そう呟くと俺と僅かばかりの荷物を乗せた車を急発進させた。

 目的地は知っているのかとか、日時は合っているのかとか言いたいことは大量にあったが唐突すぎて上手く言葉にならない。

「こんな面白そうなイベント傍観しない手は無いだろ。」

 そんな不吉な発言を聞いて、そういえば家の兄貴は面白そうなことには全力投球、全力で傍観するという癖があることを思い出した。参加しないのは参加していては真に面白いところが見えないからだそうだ。俺は差し詰め生贄というところだろうか。こうなってしまうと兄貴はやっぱり止められない止まらない。

「皆勤賞だったのに・・・」

 ふとそんなどうでもいいことを思い出し車の窓から登校する学生や出勤する社会人を見る。みんな忙しそうに似たような朝を過ごす中自分だけいつもとは違うことをしている。

「・・・なんか新鮮だが・・・妙な罪悪感が」

「んなちっぽけな良心は塵取りで取ってゴミ箱に捨てちまえ。楽しくない人生なんて損だぞ」

 失礼だとは思うが兄貴の言葉には説得力のカケラも無い。だけどまぁ、偶にはいいかと思い、目的地に着くまで寝ることにした。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場正面玄関 1404 ――――

「まさかまる一日かかるとは・・・」

「道を盛大に間違えるからだ馬鹿兄貴」

 快調な滑り出しは自宅から大通りに出るまでだったらしい。俺が寝てる間に何処を彷徨っていたのかは知らないが再び起きた時には兄貴は自宅から徒歩30分もかからない位置に停車し地図と格闘していた。どうやらこの駄目兄貴は地図が読めないらしい。

「まず、俺らって何処にいんだよ。」

 開口一番それで、思わず張り倒した。それで俺がナビゲーションをすることになりそれから半日近くかかり今にいたる。幸い運転は上手く事故の心配は無かったが、次から車を借りるときはカーナビがついているのにして欲しい。

「まぁ余裕をもって1日早く出たからな。丁度じゃないのか?」

「余裕もちすぎだろ・・・今回に限ってはよかったが・・・」

 車を降りて思いっきり背筋を伸ばす。地図が読めない人の誘導がこれほど疲れるとは思わなかった。

「帰りのガソリンはここでくれるかね」

 兄貴も背筋を伸ばしながら、目の前にある豪邸を指差した。正門から入って今いる玄関まで車で30分も来るなんて生まれて初めてだ。しかも門を入ってすぐに玄関へと続く道以外は自然が鬱蒼としていて、冗談とかじゃなくいろんな動物が息を潜めてそうだ。

「あらあら、いらっしゃらないのかと思っていましたわ。」

 玄関からメイド服の女性がそんなことを言いながら出てくる。短い灰色の髪の眼鏡をかけた優しそうな女性は、ようこそ奏磨様、といって俺の手を握ってきた。

「あらあら、まあまあ。うふふ。これでお嬢様もお喜びになられますわ。」

「ぇ・・ぁ?」

「俺は送り迎え兼見学で。参加はこいつだけでいいよな?」

 人の頭を叩きながら言う兄貴の言葉に女性はニッコリと笑う。

「えぇ、十分ですわ。見学は・・・そうですねモニタールームなど如何ですか?」

 二人とも職業柄なのか初対面のはずなのに凄く親しい。しかし、何かそこには職業柄とかでは片付けられない知り合いのような親しさも見える気がする。なんとなく感じる違和感。ドッキリ企画に嵌められたりするのはこんな感じなのだろうか。

「では和哉様、簡単にルールをご説明させていただきますわ。」

 そういうと女性は俺の手に3つ枠があるスタンプ用紙を手渡した。スタンプ用紙には『娘争奪オリエンテーション奏磨様用』と書いてある。

「ルールは単純かつ明解ですわ。この家のどこかに3つチェックポイントを用意いたしました。そこでこれと同じスタンプを押してもらってお嬢様の部屋に一番最初に着いた人が婚約者となれますわ。」

 スタンプを掲げてニッコリと笑うと、俺の持ってる用紙の3つ目のところにポン、とスタンプを気軽に押した。

「ですのであと二つですわ。」

「・・・え?」

「まぁ、ただのゲームで娘の婚約者を決める訳がないということだな。」

「・・・ぇ?」

 兄貴とその女性は顔をあわせると二人して怪しげな笑みを浮かべた。一体なんだというんだ。

「ゲーム自体は二時間前に始まっておりますが、カリキュラムが最低でも3日はかかるものになっておりますので十分間に合いますわ。」

「どんなオリエンテーションだ・・・」

 それはお楽しみですわ、といってもう一度ニッコリと笑った。とても優しい笑顔だけどなんだか有無を言わさない笑顔でもあった。

 

 

 

―――― その2日前 オリエンテーション会場1F廊下 1632 ――――

 なんとなく、そう本当になんとなくだが入る前からこんな感じはしていた。

「―――迷った。」

 なにせ入り口から玄関まで車で30分もかかるような庭をもつ家だ。その本館はもちろんのこと外観だけでさえ圧倒されるほどの巨大さだった。動員数とかそういうのは除いて広さだけを見れば東京ドームなんて目じゃないだろう。

見取り図でもないかと思って探し回ってもいるのだが、それらしきものは全然見当たらない。

「何処見ても同じ景色だな・・・」

 挙句、廊下に花瓶とか絵画とか気の利いたものもないためいかんせん自分の位置が理解できない。はたしてこの道は通ったことがあるのか、それとも通ってはいないのか、そんなことすらもわからないなんてもう本当にただの迷子だ。

「・・・はぁ」

 さらに先ほどメイドの女性と別れてから全く人に会っていないというのもこの状況に拍車をかけていた。何人参加しているのかわからないが、いくら屋敷が広すぎるからといって、いくらなんでもあわなすぎじゃないのか。ともすれば別館があってみんなそっちにいるのかもしれない。

――― ああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ

――― うわぁぁぁぁあああああああぁぁぁ

 ふと、そんな声が意外に近くから聞こえた気がした。

「気が進まないなぁ・・・」

 いつまでも廊下を歩いていては仕方ないので、取り敢えず声が聴こえるほうへと進むことにした。

――― うそだぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁ

 未だに声は鳴り止まない。なんというかこういう拷問もあった気がする。あれは真っ暗な部屋で人の悲鳴を聞かせ続けるとかいう奴だったか、なんにせよあんまり気が進まないのは確かだ。

 それでも、現状ぐらいは打破しておかないとならない。

「このドアか・・・」

 目前のドアには視聴覚室といったプレートが下げられていた。

 

 

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