―――― その一週間前 某地方都市 1700 ――――

「いい加減彼女とか欲しいとか思わないのかお前は?」

「うーむ。いまは手のかかる兄貴がいるからな。それがいなくなったらだな。」

 いつもの帰り道、もう見飽きたいつもの悪友と、いつも通り帰路についていた。悪友といっても不良という訳でもなく、だからといって優等生ではない。見た目は真面目な生徒なのだが、特に勤勉という訳でもなく部活に真面目に取り組んでいる訳でもない。黒いスポーツ刈りに黒い瞳、少しだらしない印象の全身からやる気の無いオーラを出している。悪友―――近衛 暁(さとる)はそんな奴だった。

 最近の話題はもっぱら彼女を作らないのかということだった。暁はその容姿が元からいいことも幸いして女には苦労して無いらしい、本人曰くだから当てになったものじゃないが。

「なんだよー、カズは夕樹さんと結婚する訳じゃないだろー」

「確かにせんが。例えできても遠慮するし。でもなぁ、いまは兄貴と俺のことでいっぱいいっぱいだよ。というより、もう既に今日の夕飯のメニューで頭がいっぱいだ。」

 そろそろ散髪も行きたいし、なんて長くなり時々目に入る前髪を弄りながら付け足しておく。

 因みにカズというのは俺の渾名で夕樹は兄の名前。本名は奏磨(そうま)和哉、確か初対面の時から既にカズと呼ばれていた。暁曰く平凡を絵に描いたような人物らしい。特に流行りに乗るわけでもない短い髪に少し青みがかかった黒い瞳。だらしないのが嫌いなので制服をしっかり着ているが、暁はそれをみていつもお前には個性が無いのかと言う。

 正直余計なお世話だがこれでも暁なりに心配をしてくれているだから、中々憎めない。

「俺は彼女が欲しいぜっ!世界中の誰にもこの気持ちは負けないね。」

「わかった。その気持ちはわかったし気持ち悪いから近づくな。知り合いだと思われるだろ。」

 両手を広げていきなり空に向かって吼え出した暁を道の端に蹴飛ばす。普段他の連中といる時はこんなんではないらしいということをクラスメイトが前にぼやいていたので、俺になら何を言っても構わないということを理解しているのだろう。良い意味では信頼されている、悪く言えばどんなに頑張っても縁をきることは不可能。

そんな関係の友人がいるということは、自分は幸せだと思う。思うのだが教師や学校の連中から一括りで考えられているため暁が何かをやらかすとその後処理は全て俺に回ってくるのがいただけない。

 ・・・ちょっと頭痛がしてきた。

 んで頭痛ついでにふとある人物が頭をよぎる。というか視界の隅に収まった。

「つかお前、彼女いるんじゃないのか?」

「ん?あぁ、佳凛のことか?あいつは彼女じゃないよ。あれは、」

 俺の言葉にニヤっと笑うと、暁は嬉しそうに少し息を溜め、俺に向かって親指をつきたてた。

「妻だっ!」

 あ、アクセルが入った、と無責任にそう思ったので胸を張って言い張る悪友から二三歩離れた。

―――― だーーーーーーれーーーーーーーーーがーーーーーーーー

「ん?あれ?なんも言わないのか?俺はお前の突っ込みを期待してだなぁ」

 暁の後ろに見える暴走機関車が暁に衝突したらきっと酷い被害になるので更に二三歩下がる。

「なんだよ。今日はノリ悪いぞ親友。」

「あぁ。そうだな。今日の俺は突っ込みの役目じゃないんだ」

肩を組もうと近づいてくる暁を蹴り飛ばす。暁は近づけんとする俺を見て少し傷ついたのか、離れた位置をすごすごと歩き始めた。

うん。いい位置だ。

そして―――

「あなたの妻ですかーーーーーーーーーーーー」

「ふごっ」

その暁の姿が、後ろから猛スピードで舞ってきた黒い物体に弾き飛ばされた。

「もーいっぱーーーーーーつ」

 目の前を弾丸の如くすぎていった黒い塊は急停車、急旋回をすると

「だっしゃーーーーー」

 思わず見惚れるほどの動作で木の葉のように空を舞う暁に向かって、綺麗な円を描きながら回し蹴りを放った。

「ごぺっす」

「うわぁ」

 最早悲鳴だかなんだかわからないものを残し暁は地面に落下、なんかぴくぴくしてるので死んでは無いと思うが、よく生きているなといつもながらに不思議に思う。

「まだ、契りも結んでないのにって何を言わすのーーー」

「ごへっ」

華麗に地面に降り立ったそれはさらに背骨に向けて正拳を放つ。あれが追い討ちか初めて見たぜ。

「・・・落ち着け佳凛。そのままだと本当に洒落にならんぞ。」

 既に洒落にならないような気もするが、一応止めるために声をかける。

「はっ、私ったらつい取り乱して」

 俺の声に我を取り戻した佳凛が、まだ右手で暁の胸倉を掴みながら羞恥で染まった頬に左手を当て、いやん、などといっている。かなりシュールな光景だ。胸倉を掴まれてる暁は完全に意識が無いのかぐったりとしている。

 意識のない人間を片手で軽々持ち上げるこいつは何者なんだろうかと、本気で思うときがある。

 暴走機関車の如く暴れ狂っていた奴の正体は、少し癖毛なのか軽いカールのかかったショートの茶髪に、茶色がかった瞳の制服姿をした少女―――東海林 佳凛だった。小学校高学年からの付き合いで当時から怪力魔神、疾風の悪魔、魔王の足を持つ女、キングオブ人類、など基本的に人外っぽい渾名が付きまとうが、その思い込んだらとまらない脅威の思考能力と、大抵のことは実現してしまうその既に人の領域を外れた能力値からかどれもしっくりきてしまうという恐ろしい奴だ。しかし容姿は端麗、成績は優秀、スポーツは言うまでも無く万能と完璧超人をしているが故にその人間台風っぷりを知らない後輩、先輩に大人気―――らしい。とにかく佳凛はそんな人物だ。

そんなわけで結構多方面から告白をされていたらしいが、それを悉く断りどういうわけか二年ぐらい前から暁と付き合い始めている。佳凛曰く清い関係らしいが、暁曰くいくとこまでいったらしい。足して八ぐらいで割ると丁度いいのがこいつ等の話を理解するこつだ。

「それにしても地獄耳だな。さっきの暁は確かに犬みたいに吼えてたがいくらなんでも―――」

「いえいえ、いくら私でも離れていたら聞こえませんよー。たまたま、買い物の帰りに聞こえただけです。」

 そう言って無い胸を張る佳凛の足元には確かにスーパーのビニール袋が置いてある。中身に関しては、まぁ、あんだけ暴れたんだから退廃的なのは仕方ない。どうせその中身は明日辺り暁が昼飯に処理をすることになるだろうし。

「・・・そうですか。」

 何で丁寧語になったのかは自分でも謎だが、暁を片手で持ち上げ君臨する様は正に魔王の様で―――つまり、なんというか、まぁ本能だと思う。

「失礼なこと考えたでしょう?」

「滅相も御座いません。」

両手を挙げて降参をしておく。じゃないといくつ命があってもたりない。未だに胸倉を掴まれてる彼はいま綺麗な花畑を走り回っているに違いない。

正直このカップルはすぐに暁が耐えられなくなると思ったが中々に長く続くので不思議に思っていたんだが、最近になって暁は底なしのドMだと言うことが判明し、凄くしっくりきた。

「・・・暁さん、浮気なんかしたらもっと酷いですよ」

 自分の眼前に暁の顔を持ってきて呟くさまは正に鬼嫁。願望を口にしただけで臨死体験なのだから浮気なんてしたら即死コースは間違いないだろう。

「・・・先、帰っていいか」

「え?一緒に帰らないんですか?」

 少しお楽しみ(?)のようなのでつい、そんな言葉が口をつく。決してこの光景に怖気ついたわけではない・・・と思う。

その言葉に残念そうなことを口にする佳凛の顔は、嬉しそうに輝いていてなんかとても正直だ。暁が友情を大事にする男なため三人一緒で帰ることや俺と暁だけで帰ることが多い。そのため佳凛は二人きりの時間が中々できないとぼやいていた。この間なんてついに気の利かない奴とまで言われてしまった。

「今日ぐらいは気の利く友人でいてやるよ。」

 と少し自分でもいいこと言ったと思いながら手を振ると佳凛がはじける笑顔で手を振り返してきた。

――― 早く帰れということですか

 なんて口が裂けてもいえないが。

「んじゃ、また明日な」

いつのまにか(胸倉を掴まれたまま)気がついていたのか暁の声を背中に受ける。その声に背中越しに手を振り答えて、夕飯のメニューを考えながら帰ることにした。

 

 

 

―――― その一週間前 自宅 1723 ――――

「・・・なんだこれ」

自宅のポストを開けると物件の広告とかと一緒に二通の封筒がはいっていた。一つは兄貴宛、もう一つは俺宛だ。裏を見ると送り主の欄には神凪 轟と書かれている。

本家から・・・しかも当主から俺たち宛てに・・・」

 実はうちの家系奏磨は、遥か昔から存在し妖魅―――怨霊や異形の化け物など―――により起こされる事件などを解決していた先天的な異能の力を持つ集団の末裔という流れを汲む一派である。しかし、奏磨はその流れを汲む家の中でも平穏を望み戦線から離れていった家系であるために、血を受け継いではいるがその家訓は力の未使用と一般人としての生活を旨としている。そのため、未だに源流の流れを残し強い力の開発妖魅の殲滅を目的とする本家―――神凪との交流は無いに等しかった。

 その神凪からの手紙なのだ。開けなくても厄介なものなんであろうということぐらいわかる。

「捨てちゃ駄目だよなぁ・・・」

 そう言いつつどうしたものかと手紙を指で弄ぶ。正直あまり気乗りがしない感じだ。

「兄貴に開けさせて爆発とかしないか調べるか。」

 自宅のドアを開けると、ちょうど二階からまだ半分寝ているような兄貴が降りてきた。こっちに気づくと欠伸をかみ殺しながら聴こえないほどの小さな声で、おかえり、と呟く。

だらしなく伸ばした黒髪にやる気の無い黒い瞳をした寝巻き姿はいつ見ても駄目兄貴と叫びたくなるほどのものだが、ホストをしているこの兄貴の稼ぎは何故か馬鹿にならない。(自称)ナンバー1は伊達ではないということか、家系の足しになっているためそうそう罵倒できたもんじゃない。

「ただいま兄貴。兄貴宛てに神凪から封筒が届いてましたとさ。」

 放り投げると、本家か、とか呟きながらなんの躊躇いも無く開ける。正直寝起きの兄貴は思考が働いていないため使い易くて便利だ。

「んー?」

 中には手紙と地図が同封されているようで地図を俺に渡すと、手紙を広げ難しい顔をして唸りだした。

「厄介なこと?」

 俺の言葉にもう一度唸ると、ダルそうに口を開いた。

「・・・字が細かくてよめねぇ」

「顔洗って来い。馬鹿兄貴」

「ふぁー。そうする」

 手紙を受け取り兄貴の背中を蹴飛ばす。目が悪い訳ではなく寝起きが悪い。低血圧という括りでいいのかどうかは知らないがあの兄は起きてから2時間は経たないと一人ではほぼ何もできない。このせいで親がいないときの食事の準備はほぼ俺がやることになる。というか旅行好きでかつ仕事が忙しい親はほぼいないので殆ど俺が作っている。・・・最近はいても俺が作っている気がするが、それは気のせいだと思いたい。

「はぁ・・・」

 リビングに荷物を置きソファーに座ってから、取り敢えず危険性は無いようなので自分宛てのものの封をあけることにした。

「同じものが入ってるっぽいなぁ」

 丁寧に折りたたまれた地図とタイプ打ちされた無機質な手紙。兄貴のと混ざらないように兄貴のはテーブルの上においておく。

「えーと・・・『娘争奪オリエンテーリングの開催のお知らせ』」

 ・・・ん?なんて?

 なんとなく声に出して読んで、よりにもよってその出だしでいきなり躓いた。

「・・・間違ってない・・・よな。」

 何度読んでもそう書いてある。兄貴のも見ると全く同じ内容のことが書かれていた。

「・・・は?」

「んだよ。素っ頓狂な声を上げて。面白いことでも書いてあったのか?」

 顔を拭きながら戻ってきた兄貴の声で我に帰る。あまりの驚きにどうも少しフリーズしていたらしい。兄貴はそんな俺を尻目に自分の手紙を拾い上げ声を出して読み始めた。

「んー?『娘争奪オリエンテーリングの開催のお知らせ、皆も知っていると思うが現在ワシに息子と娘がいる。家督は息子に譲るため、ここで娘の婚約者を募りたい。だが、ただのお見合いで決めては面白くない。よって指定した日時、指定した場所より娘の婚約者を決めるちょっとしたゲームを行う。尚参加は自由とし強制ではない。』・・・ふーん。なんか唐突かつ変な文章だなこれ。」

 兄貴は特に驚いた風も無くひらひらと紙を指で弄ぶ。聴きながら読んでいたのだが全く同じ内容のことが自分の手紙にも書いてあった。

「唐突というか、なんでいきなり娘の婚約者を探したくなったのか、全くわかんないですけど・・・」

「んー。まぁ面白そうではあるけどなぁ・・・。俺らんとこに来たってことは分家全部に送られてんだろ。何十人も集まる中から選定すんのか。ダルそうだなぁ」

 乗り気ではないのか地図を開きもせず手紙をゴミ箱へと放り投げる。どうやら興味より面倒くささが勝ったようだ。

「かずー飯―」

「たまには自分で作れ馬鹿兄貴」

「俺はこれから労働。お前は学生。なら家族のために頑張って働いてくる俺を労え。お前だけは何があっても一年中勤労感謝の日だ。」

 無茶苦茶なことを言うと兄貴はソファーにどかっと座りテレビをつける。飯ができるまでここから動かないという意思表示だ。あぁなってしまっては本当に飯ができるまでてこでも動かないから始末が悪い。小さい頃からこんな家で育ってよくグレなかったと自分を時々褒めたくなる。

「ふぅーん。全く同じ内容の手紙が来てんだ」

 このままではどうしようもないので夕飯の準備をするために台所に入ると今からそんな声が聴こえた。何だかんだいって少しは興味があるらしい。

「んー?これはまた・・・」

「何?どうしたのさ?」

「ぃやー、まぁお前も大変だなぁと思って。」

「・・・は?」

 変だと思って覗きに行くとひらひらと手を振りなんでもない、と無言の意思表示をされる。いつもは言いたい事をはっきりと言い、自分の信念は相手の信念を捻じ曲げてでも押し通す兄貴だけにそんな歯切れの悪いことは珍しい。

 そのため、一度なんでもないとか言われるとどんなに聴いても答えてくれないのも兄貴だった。よって兄貴に対し詮索は無駄。

「早く夕飯食べたいなら邪魔しないでよ?」

「はぁーい」

 こういうときだけは聞き分けのいい、本当にガキみたいな兄貴だ。といっても起きたばかりの兄貴が話し掛けてくることなど滅多に無く、逆に仕事帰りの兄貴に捕まると学校に遅刻するぐらい絡まれる。気分がのっている時とのらない時で差の激しい気分屋と呼ばれる性質がうちの兄は顕著すぎる。

 まぁ、そのおかげで学校帰りの疲れているときは絡まれなくて済むのだけど。

「うわ・・・買い物してくるんだった・・・。」

冷蔵庫の中には材料など殆ど入っていなかった。辛うじてサラダが作れるぐらいだ。底の方にカレーのルーが転がっているので今日は具なしカレーで我慢してもらうことにした。

 

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