日が随分と沈んだ夕刻。どこにでもあるような喫茶店。本当にどこにでもあるようなその喫茶店は現在進行形で非日常なものに変化していた。
「まだ、何もつかめないというのか?」
「詳細なものは。しかし、概ね出現点の特定はできました。」
中には偉そうな、黒いマントを着た男と、それの前に跪いている黒いスーツ姿の男女が数人しかいなかった。24時間営業で普段はにぎわっているその喫茶店の入り口にはCloseの看板が立てられ、窓は全てブラインドを下ろしている。正に異様な光景だった。その異様な光景の中で電気もつけずにその男女は何かについて話し合っている。
「ほう、位置は?」
「ポイント233付近です。それ以上の詳しい座標はまだ判明してません。」
そのマントを着た人間は、口に人間の”手”を咥えていた。口を動かす度に口からは血肉がこぼれ、その男の黒い衣服に染み込んでいく。そう、つい数時間前まで全く普通の喫茶店だったこの場所は一瞬にして非人間の食卓に化していた。床には食べ残しと思われる人間であった”モノ”と、まだ食べられてはいないが既に絶命しているモノが散らばっている。
「まぁいい、ならその辺りで探ってみるとしよう。片付けを頼んだぞ」
「はっ。」
黒いマントを着た男はゆっくりと立ち上がる。その際にいくらか人であったものを踏んでも気にしている様子はなかった。
「どこに逃げても無駄だということを、すぐに思い知らせてやる。」
最後にその男は冷酷にそう笑った。
少女の話を聴いているうちに日はすっかり高くなっていた。大学の講義の方は友達に代返を頼んでおいたからいいとして、話の内容は随分と突飛なものだった。
「はぁ・・・まぁ、普通ではないと思っていたけど。ここまでだとなぁ・・・。」
思わず頭を抱える。それほどの話だった。
この少女の名前はレミーシャ=フィルエラというらしい。決して表には現れない”夜の国”の王女。夜の国というのは、つまるところ妖怪や幽霊などが集う国で、明確な領土を持っているわけではないが確かに存在するものらしい。レミーシャの話によれば一種の”ギルド”のようなものであるという。人ではない異形の姿をし、異能の力をもつモノの集まるギルド。そこでは大雑把な法令を定めているらしい。例えば一ヶ月の食事の量だとか、力の制限であるとか。要は人間の世界に影響を与えず、どう生きていくかを定めた法律だ。
そんな昔から存在した夜の国で、最近反乱が起きた。ある食人種が、定めた法律を不当とし、改革にでたというのだ。
「馬鹿なのよ。何も分かってない。好きなときに好きなだけ私達が食事をしたら人間が滅び、結果的に私達が滅びるということをわかっていない。」
レミーシャは吐き捨てるようにいう。その表情に怒りなどは見れない。ただのあきれたような顔。彼女にとってこの改革は紀律が守られるか守られないかというその程度のことなのかもしれない。
レミーシャの話は実感がわかないが、目の前に人の血をゴクゴク飲むやつがいるのだから嘘ではないと思うのだが。
血を飲むといえば、レミーシャ曰く、彼女はもう十分飲んだから暫くは飲まなくてもいいらしい。食事の回数はよく理解できないがそんなものなのかとも思う。
「それで、改革ってことは、王族は当然の如く殺されるんだろ?そんなにゆっくりもできないんじゃないか?」
「そう・・・ね。できることならここらで迎撃しときたいけどそれほど力が、ね。」
そう言ってチラリと俺を見る。思わず3歩ほどさがった。
「冗談よ。力を得るのに血が必要なのは確かだけど、そんなに大量に一人から吸ったら殺しちゃうし。それに、私はこれが限界だしね。」
「さいか・・・」
彼女は吸血種と呼ばれる、人の血を吸い生きている妖怪だという。俗に呼ばれる”吸血鬼”である。吸血種に血を吸われたものは、それの下僕と化し、手足となるはずらしいが、どうも身近なところに例外はあった。
「人間は、血を吸われれば下僕と化すわ。でもあなたはならない。なら、あなたは人間ではなく、私達よりも存在が高等なものなのよ。」
どうも結論的に彼女の中で俺は人間じゃないらしい。考えられる可能性がそうである、というだけだと付け足されたがどうも褒められている気がしない。
「あぁそういえば。」
「ん?」
気になることがあったんだ、と付け足して窓の外を指差した。そこには燦々と光り輝く太陽が昇っている。
「んーと?」
レミーシャはそれを見て、一瞬何のことか分からないというように首をかしげる。本人が気づかないなら言ってあげた方がいいのだろうか。
「お前自分のこと吸血鬼っていったよな。あれって確かにっ」
「いーーーーーーーーゃーーーーーーーーーーーー」
俺の言葉は途中で気づいたらしい彼女の叫び声にかき消されていた。