その日の学校は休むことにした。藍をなだめるのに2時間かかったので仕方ないといえば仕方ない。

「・・・で、兄さんは・・・その子のことを・・・知らないと・・・いうんですね。」

藍の言葉にとりあえず頷く。その少女はずっと俺の後についてきていたが、本当に知らないんだからしょうがない。

しかし、その答えは少女にとって心外だったらしく、少し不満そうだ。

「じゃあ、兄さん。そのこのことをどう説明するんですかっ」

いや、どうっていわれても・・・

答えに窮して少女を見る。少女は俺の視線を受けて首をかしげた。

この動作・・・どこかで・・・

「契約。」

「へ?」

「うん?」

暫くの気まずい沈黙の後、どうしたものかと考えていると、少女はポツリとそう口にした。

「・・・えと、契約したのです。」

俺の顔を見て、にっこりと笑う。俺は大体理解したが、藍はまったく理解できてないようだった。

「あぁ、つまりお前は、あの狐なわけか。」

「はい。」

「え?」

そして、当たり前のように話についてこれない藍に、昨日の夜のことの顛末を説明するのに、さらに1時間要した。

 

 

ようやく全部話し終えた後の藍の反応はずいぶんとあっさりしたものだった。

「じゃあ、妹とペットが両方出来ちゃったんですね」

そんなことをいった藍はご機嫌そうに微笑むと、少女=狐に着せる服を大量に持ってきて、いろいろと着せて遊んでいた。どうやら、俺が犯罪者ではない、ということが一番大きかったらしく、後は妹でもペットでも可愛いなら関係ないらしい。前々から思っていたが藍は結構肝心なところで大雑把だ。

狐のほうは狐のほうで、完全に人間に変化するのは難しいらしく、気を抜くとすぐ耳が出てきてしまうらしい。藍に言わせればそこがまた、たまらなく可愛いらしいのだが。シャロン、なんていう名前を付けてとんでもなくかわいがっている。

「え・・・と、真名はご主人様だけ知っていれば。」

らしいので、どうやらシャロンで文句は無いらしい。

真名というのはその物質の本当の名前のことで、それを知るということは、相手を支配するということに他ならないらしい。要は、この世に存在する全てのものにおいて、自らの命と同じぐらい大切なものが真名らしい。

真名は契約をしたとき、俺の記憶の深層に刻み付けられたらしく、現段階で思い出せないのは無理も無いとのこと。

で、そんなことをしている間に昼も近くなり、泣きすぎて目を真っ赤に腫らした藍を家に置いてシャロンと商店街に買い物にきている。

「シャロンは、嫌いな食べ物とかある?」

ううん。とシャロンは首を振る。契約を経た動物というのはその嗜好が自分の主人に似るらしい。あくまで似る、というだけで、本当にダメなものはダメらしいのだが、シャロンは元が普通ではないので基本的にダメなものは無いそうだ。余談だが油揚げや、稲荷寿司は相当好きらしい。

「で、シャロン、話があるからついてきたんだろう?」

買い物が終わって、帰路に着く頃、そう話を切り出した。買い物に出るときに、家で待っていろといったのにどうしてもついてくるときかなかったのはきっと理由があるだろうとふんだのだ。なぜ今かというのは、ただ単に買い物に集中してて今まで聞くのを忘れてただけなんだけど。

その言葉に、シャロンはうん。と頷いて、言葉を考えてるのか、少し首をかしげた。

「え・・・と、私の力について、その、少し知ってもらいたいことがあるです。」

9つほど、と指折りをしながら付け足す。

シャロンは実年齢数百歳というとんでもない古株らしいのだが、行動的には本当に外見そのままの年齢に見える。本人曰く、知識はある(といってもその知識は俺と昔の人間から引き出したものらしい)のだが、それを上手く使いこなせないらしい。聴く限りでは、知識の時代のギャップもあると思う。なんせ俺の前に知識をコピーしたのは、まだ江戸幕府の頃だったらしいのだから、上手く使いこなせないのも当たり前というかなんというか。

「その、私の力は大きく見て1つ。細かく分けて9つあるです。え、と・・・狐、というのは一般的に化ける、という概念が・・・あるとおもうんですけど・・・その、それが大きく見た力です。あの、本当は、そのものの姿や能力を、その、こぴーする、ということなんですけど。それで、その、ワタシはそれが九つだけしかできないです。」

「化けるものが九つに限定されているということか。」

俺の合いの手に、うん、と頷く。本当のところ、もっと難しい概念があるらしいのだが、それは本人もわからないという困った状況らしい。

獣だから仕方ないのかもしれないが、シャロンは相当こまったちゃんだ。

その九つの力というのが、

一つ目は、既存の物体から知識やその構成を引き出す能力

二つ目は、自らの体を人間の言葉を出せるように変化させる能力

三つ目が、人間の言葉を理解できるように自分の体を変化させる能力

四つ目が、自らの姿そのものを人間に変化させる能力

五つ目から九つ目は今のところ空白らしい。

「それで、後の五つは俺が決めていい、と。」

そうなんです、と控えめにシャロンは頷いた。

「その、ワタシは要領が悪いので、人間になるまでに、結構手順を踏んでしまったんです。」

「いや、まぁ、それは全然かまわないけど。」

その、あんまり必要な能力というのが思い浮かばないし、それに

「なんか特殊な力が必要なことなんてあんまり無いと思うしね。」

そういって、シャロンの頭を撫でる。

――― それは、淡い幻想だと、知っているのにですか ―――

頭に直接シャロンの声が聴こえた。いや、それは、シャロンの声を借りた、俺の本当の声―――

瞬間、コンタクトをしていた左目が、軋んだ。それは、懐かしいといってはあまりにも嫌な感覚であり、できるなら、もう思い出したくなかった感覚でもあった。

それは、あの瞬間に呼び覚まされた、生き残るための本能。その本能が光を反射して銀色に光る何かが、視界の外から飛んできていると警告している―――

「シャロン!」

シャロンを抱え、手に持っていた買い物袋をその場に捨てるように投げ捨て、何も考えずに横へ大きく跳ぶ。

ギィン

飛んできたそれが、シャロンが元いた場所に突き刺さり爆散したのは、とび退いた数瞬後だった。

「どうやら、ただの人間ではないみたいですねぇ。」

「―――――っ!」

声は、すぐ横から。相手の力はまだわからない、だがそれが直接攻撃だというのだけはわかる。だからこそ、無理な体勢で体を捻り、シャロンを抱えていない右手で地面を弾き、自分をその場から押しのけ、

「ぐっ・・・」

右手をばっさりと切られた。

「これは、なかなか楽しそうですね。」

体勢を咄嗟に立て直し、余裕をかましている相手を見る。それは、右目が緑色で、右手に刀剣を持つ、全身黒ずくめの―――

「変態に知り合いはいないんだけどな・・・」

変態だった。見た印象が変態なのだから、結構な変態だと思う。

それでも相手は、自分のほうが優位にいるという自負からか、とても余裕の表情で俺を見下ろしていた。

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