サラリーマンの通勤ラッシュが電車だけに止まらず、車道や歩道で起こっているこの時間帯、なぜか人が一人も居ない路地で青年は顔の右側を抑えて立ち尽くしていた。
「ククク・・・もうすぐだ・・・。」
左手に持っていたものを、近くに投げ捨てる。ゴトリ、と落ちたそれは人の腕だった。
「この眼の持ち主はそう何人もいらねぇ。」
ゆっくりと青年は視線を遠くに馳せる。
「すぐに見つけ出して殺してやるぜ・・・。」
そしてしばらくじっとしていたが、いきなり弾かれるように顔を上げた。
「みつけた・・・。」
そして、青年はゆっくりと―――笑いながら―――歩き出した。
「見ろ!そして崇めろ!!これが俺の究極必殺技ぁぁぁ!!」
時間はもう昼になったかというころ、俺は屋台の隅でまだクラスメートに焼きそばの作り方を教えている。
「で、ここで調味料を・・・」
実際、作ったものはそのまま売りに出されるので問題ないのだが、自分の休みが無いのはかなりいただけない。
「超!!鉄板返しぃぃぃ!!」
「量に応じて適量に・・・はぁ」
人のすぐ横で勢いよく鉄板が返された。その途中で鉄板の上に乗っていたものがどこかに飛んでいったのは言うまでも無い。焼きそばと一緒に鉄板までひっくり返して、中身の焼きそばを無事に済ませるのは相当なテクニックが必要だろう。ていうか鉄板ごとひっくり返すのに意味はあるのだろうか。
むしろそれ以前に―――
「ムリだろ・・・。」
呆れながら隣を見た。鉄板を勢いよく振り上げたせいで鉄板も宙を舞っている。もちろん物体には重力が働く。だから必然的に
「いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁって・・・アチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
となる。
「良ってどこかのネジが外れてるよな・・・。」
それを冷ややかに見ていた――慣れたもんだ――クラスメートが話しているのがきこえた。それには俺も激しく同意だ。あえて言わせてもらうならあれは外れているのレベルではないだろう。俺からみればあれはおそらくネジが5本ぐらい元から無い。
「いや・・・もっとか・・・。」
ふぅ。もう何度目かわからない溜息をつく。この狭い空間ではちょっと良は邪魔かもしれない。
「神苗君?次どうするの?」
「ああ・・・。次はな・・・」
もう何度目かもわからない特性レシピを思い起こす。元はといえばこれは藍用に味のセッティングがされたものだ。人の味覚にさして違いは無いと思うが万人にうけるとは思い難い。つまるところ、このクラスでは俺が一番料理がうまいのだろう。
「・・・で完成っと。」
「わぁ・・・すごい。私の二倍ぐらいのスピードだよ。」
アンタは一体何時間かけて焼きそばを作ってるんだ・・・。ふとそんなことを考えたが口には出さないでおく。包丁を使う手つきが危なっかしいことからひょっとしたら料理なんてあんまりしないのかもしれない。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
床を見ると良が転がっている。正直かなり商売の邪魔だ。なんで適当に蹴り飛ばして裏に寄せておく。これでしばらくは邪魔にならないだろう。
「・・・よく死なないな良・・・。」
「ふ・・・・・・・・俺は特別製だからな。」
はじっこで転がりながら、良がうめく。なにが特別製なんだかわからないが、とりあえず馬鹿みたいに頑丈だから大丈夫だろう。
その後、ようやく休みがもらえてじっとしていた。藍の店にも行きたいが、この調子だと明日になってしまうだろう。だるくて、ふと空を見上げた。雲ひとつ無い、いい天気。日本晴れと言うのはこういうことだろうか。
「・・・さん・・・いさんってば・・・兄さん!!」
急に呼ばれたので視線を地上に戻す。俺を呼んでいたのは誰かと思い、周りに視線を巡らす。
「こっちです兄さん。」
声のした方に視線を向けた。呼び方で誰に呼ばれているかわかっていたが、やはりそこにいたのは藍だった。
「お昼まだですよね?屋上で食べよう」
藍の言葉に腹に手を当てる。正直言うと焼きそばを作りすぎてあまり食べる気分ではない。今食べるとどんなものも焼きそばに思えてしまうようなきがする。しかし、藍の誘いを断るのは何か後ろめたい感じがした。
「そうだな・・・そうするか」
とりあえず同意の返答をしておく。それに今はとりあえず焼きそばから離れたい。
俺の返答を聞いて嬉しそうに歩き出した藍の後について行く。その藍が何かを手に持っていたので、どうやら今日の昼食は久しぶりに義妹の手作りのようだった。
「兄さんのイメージはやっぱり水だと思うの」
藍が、らしくない弱々しい声でそういった。今は屋上でシートを広げて藍特性の弁当を食べている。
「またその話しか?」
「うん・・・。」
その話し、というのは自分を自然物に例えたらどれに値するかと言う話しで、少し詩的な部分がある藍はこの話題が好きだった。はじめにこの話をしたのは確かもう何年も前だ。それから約1か月間隔でこの話をしていた。
「私は・・・兄さんが言うには空気なんでしょう?」
そしてこいつは、俺のいったことを俺以上に覚えているから質が悪い。空気と言った理由を考えればそれは凄く恥ずかしいものだから、さっさと忘れてもらった方が有り難いのだが、藍は俺が過去藍に向かって言った言葉のほとんどを覚えているので、忘れるのを期待するのはお門違いだろう。
「近くにありすぎて大切だと気づかないもの。だから藍は空気だ〜って言ってくれたんだよね。」
そしてこの話になるたびに俺は過去を悔やむ。どうしてあんな恥ずかしいことを言っていたのだろうか・・・。
「で、なんで俺は水なんだ?」
これ以上過去の恥ずかしい話を持ち出されても困るので話を元に戻す。
「え?ん〜と。兄さんは空気ってほどの自然さは無いんだけど私には多分絶対に必要なものなの。だから水なの。」
えへへ。と藍が笑った。真似してやったぞといわんばかりだ。
「お前は自分が恥ずかしいことを言ってるということがわからないのか?」
「う・・・。だってぇ〜」
藍が真っ赤になりながら俺を睨んだ。
「俺の方が恥ずかしいんだぞ・・・」
だからその眼はやめてくれ。最後の言葉は言えずに飲み込む。そんな風に睨まれるのは久しぶりなものだから別に悪いものでもないかなとも思う。
――― イメージは突風、それはあらゆる物質を薙ぎ払い、吹き飛ばす ―――
「え?」
藍の間抜けな声が響いた。その瞬間周りの大気が歪み、突風が藍を、藍だけを吹き飛ばした。
「藍!!」
激しく屋上の鉄柵に体を打ちつけた藍は、声すら出せずに喘いでいた。急いで駆け寄り、藍の様子を見る。外傷はほとんど無いが見えない部分、体の内部の方がやられているかもしれない。
「はやく、救急車を呼ばないと・・・」
藍を抱えて立ち上がると見たことの無いサングラスをかけた青年笑いながらが立っていた。
その時、本能的に、それには近づくなという、命令が、下った
藍を抱えたままその青年の対極地にまで退く。何故かはわからない。でも、何故か、奇妙な、確信だけが、あった。
―――― アレは、ヒト、じゃない ――――
「そんな恐がるなよ。お前も俺と同じなんだろう?」
青年がサングラスをはずす。その人は、右目が、緑色、だった。
「さあ、見せてくれ、お前も人ではないのだろう?」