1人の男が右足を引きずるようにある路地裏を逃げていた。その足からは人が死んでもおかしくないようなほどの量の血が流れていた。

「もう終わりかい?元傭兵といっても歯ごたえないなぁ・・・。」

男の遥か後方から金髪の見るからに柄の悪そうな青年が声を投げかけた。

「く・・・化け物め・・・」

背中を壁にもたれかからせ、男は腰へと手を伸ばした。

「その目を持っているやつが・・・まだ生きて居ようとは。」

「残念だったな・・・。他のガキどもとは違って俺はしぶといんでね。」

男の言葉に青年は顔を歪めた。そして、自分の顔に手を伸ばすとサングラスをはずす。そこには黒い瞳と緑色に輝く瞳・・・。

「この眼がある限り俺は最強だ。傭兵だって俺には敵わなかった。」

青年は男に詰め寄って行く。男はさらに行き止まりまで逃げると、壁に背を預けて青年のほうをむいた。

「その眼を持っているのはお前だけじゃない・・・。」

「何?」

青年が顔をしかめる。男はその青年の動揺を見てうっすらと笑った。

「俺が知っている限りではこの街にも一人居る。」

残念だったな。と、男は青年を嘲笑した。その一瞬でも自分が優位にたてたことが嬉しいのだろう。

「お前がもう一人に会うことは永久に無いがな!!」

男が腰から、銃を抜くと青年に向け引き金を引いた。

しかし、隣接するほどの距離から打たれた弾は青年にかすりすらしなかった。

「そうか。この瞳を持つやつが居るのか・・・。」

男のすぐ右側へと移動した青年は男の顔面を鷲掴みにしながら、思案深げに呟いた。

「最強は俺一人で十分だ・・・。」

男の顔面を握りつぶすと青年は笑った。それはとても猟奇的な笑みだった。

「殺してやる・・・。」

 

 

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!

けたたましい目覚ましの音に呼び起こされた。おかしい。いつもより寝ていない気がする。

「何だよ・・・。」

ベッドから手を伸ばし、手探りで目覚ましを探す。それは案の定いつも通りの場所にあった。しっかりと目覚ましを取ると自分の目の前に持ってくる。

「まだ・・・6時・・・。」

寝たりないはずだ。いつもより一時間近く時間が早い。ここから高校までは走って8分、歩いて13分もあればいける。つまり、圧倒的に早い。

「寝直すか・・・。」

布団を頭までかぶせる。1時間とはいえ俺にとっては致命傷にも等しい。そんなことを考えていると廊下からドタドタと走ってくる音が聞こえた。毎朝聴いている音。義妹――神苗 藍――が俺を起こしに来る音。

「兄さん!!起きてください。遅刻しますよ!?」

部屋の外から藍の元気な声が聞こえる。相変わらず大きな声だ。

「いつもより早い・・・。俺を殺す気か妹よ・・・。」

「何言ってるんですか!!今日は学祭があるでしょう?」

「え?」

そんな馬鹿な。上半身を起こして日めくりカレンダーを見た。9月・・・19日。確か俺の記憶では学祭は19日。そして、集合時間は6時20分・・・。

「ヤッバ・・・」

もう一度時計を見る。時計の短い針が6を長い針が1をさしていた。それの意味は・・・6時5分・・・。ベッドから跳ね起きて急いで制服に着替え、空っぽの鞄を持つ。

「藍!!じっとしてると遅刻するぞ?」

ドアをあけ、廊下に立っていた藍にぶつかりそうになりながら声をかけると急いで階段を下りた。

「ちょっ・・・兄さんが起きないんじゃないですか!!」

藍も走ってるのか後ろから声がついてくる。弱冠俺よりは劣るが、女子としては早いほうだろう。少し後ろを向くと、長い黒い色の髪の毛を後ろにまとめた義妹が階段を俺の後ろについて下りてきていた。その姿に違和感を覚えたが、階段を下り終わったので、軽く頭を振ってその考えを追い払う。

「藍!朝めしとってきてくれ!!」

「もう!兄さんがちゃんと起きてくれれば落ち着いてご飯食べれるのに!!」

文句をいいながらもちゃんと台所に向かっている藍はいい妹だと思う。その間に俺は洗面台に行き、鏡に向かう。ほんの少し長めの黒髪がぼさぼさになって鏡に映っている。黒色の右眼に明らかにおかしい朱色の左眼。藍が言うにはそれなりに形が整っている顔。間違いな俺――神苗 賢だ。

実の両親が交通事故で他界して、親父と知り合いだった今のお義父さんに引き取られたのが5歳のころ。それからかれこれ12年間お世話になり続けている。最初は一言も口をきかなかった藍とも今では近所で有名な中睦まじい兄妹として知られているぐらいだ。

「変わるもんだ」

小さな声で呟いてから、手をお湯で濡らし、手櫛で適当に髪を梳かす。そのあとに洗面台にあるコンタクトに手を伸ばした。

「ふむ・・・。」

コンタクトをしてもう一度鏡を見る。そこには両目が黒色になった自分がいた。昔はよくこの眼の色のことで苛められたので、その防衛策として、黒のカラーコンタクトをするようになっていた。

「うん。完璧。」

「兄さん!!何やってるんですか!!」

義妹に急かされて、洗面所を出て藍から朝食のパンを受け取る。ついでにさっきから微妙に気にかかっていた藍の顔をまじまじと見る

「な・・・なに?」

「お前・・・徹夜でもしたのか?目が充血してるぞ?」

藍の黒色の瞳を覗き込むようにしてみる。やっぱり少し赤みを帯びていた。

「そ・・・そんなことより!!あと10分しかないよ?私走るのやだよ。」

「俺も走りたくはないな。」

いつも通りの会話しながら、玄関を出る。夏の日差しより少し和らいだ朝の日差しが瞼を焼いた。今日もいい天気だ。

「兄さん!!柄にもなく空なんか仰いでないで行かないと。走る羽目になっちゃうよぉ。」

義妹に背中を押されながら、通いなれた通学路をパンを食べながら歩き始めた。時間はギリギリだけど、少し急げば歩いていけそうだった。

 


学校に着くと、そこでは既に生徒複数名が露店の準備などをしていた。

「兄さんのクラスは何をやるんですか?」

「なんだったかな・・・。」

思い起こしてみる。とはいってもLHRは友達と話していて聴いてなかったからわからないが。

「・・・何かをつくらにゃならんような気がする。」

確か露店かなんかを開いたような気がする。昨日もクラスの連中に料理を教えていたような・・・。

「そうか。兄さんのクラスは露店を開くんだ。」

じゃあ友達と食べに行くね。と藍が満面の笑顔を見せた。それは反則だ・・・。そんな顔でいわれたら、来るなとはいえないじゃないか。というか、毎晩食べてる人間の料理を食べて嬉しいのだろうか。

「・・・そういうお前のところは何をやるんだ?」

「んとね。私の所は喫茶店をやるんだよ。」

「と・・・なると藍は客寄せか。」

俺の言葉に恥ずかしいけど・・・と藍がはにかむ。その笑顔を見て、俺はあとでひやかしに行ってるか・・・ということを考えていた。

 


教室に入ると、そこには暇を持て余している連中しかいなかった。残りはテントの設営やら買出しやらだろう。

「はよ〜」

気のない挨拶をしながら自分の席――窓際の一番後ろの席――に移動する。時間は6時19分・・・ギリギリだ・・・。

「よお。今日はギリギリじゃないか相棒。」

「そうだな。」

馴れ馴れしく近づいてきた幼馴染の良に適当に挨拶を返しておく。そうすると、良は俺を覗き込むようにしてみてきた。眼前に来た茶髪の頭をとりあえず邪魔なので払いのける。

「お前は朝に弱いからな。あんまり藍ちゃんに迷惑かけるなよ?ただでさえ両親がアメリカに行ってて大変なんだろ?」

「そうだな。」

やはり、朝食はゆっくりと食べたい。歩きながら食べるとなにやら貴重な朝の登校時間を無駄にしている気がする。

「お〜い。賢?聴いてるか?」

「ところで・・・」

やっとまともに良の顔を見る気になったので顔を上げる。どこにでも居そうな非行少年。それがこいつの第一印象だろう。茶色に染められた髪にどことなくやる気の無いような黒い瞳、乱れた服装、その上一時期はピアスをしていた時期もあったようなきがする。しかも成績は下から数えた方が圧倒的に早い。むしろ下から十番目以上になったことが無い。

「なぜ・・・遅刻常習犯のお前が俺より早く居るんだ?」

「何でってお前・・・」

良が手を広げて天井を仰いだ。

「学祭といえば俺の時代だろう。」

「さいですか・・・。」

聴くのも馬鹿らしい。むしろ無駄だったか。学祭なんて1年に1回しかないから忘れていたが、こいつはこういうやつだった。

「あー!!神苗来てんじゃん。さっさと料理を皆に教えろよ。このクラスでお前が一番上手いんだぜ?」

「神苗君お願い教えてくれない?昨日の分だけじゃ心許なくって。キャベツってどれくらいに切ればいいんだっけ。」

俺と良の会話を聞いてクラスの連中が俺に気づいた。というか、どうせなら入った時点で気づいて欲しいものだが。

「なんでお前らは・・・焼きそばをそんなに本格的に作ろうとする・・・」

「神苗の焼きそばなら今年売上1位になれるって。そうすれば俺ら全員で豪勢な打ち上げができる上に、1人につき5千円分の商品券か図書券がもらえるんだぞ?」

「そうよ。神苗君は一流シェフ並なんだから♪」

焼きそばの一流シェフなんて聞いたことないぞ・・・。

「頑張れよ賢。俺はお前の変わりに藍ちゃんと学祭をまわってやるからな・・・。」

「お前もやるんじゃないのかなぁ?。」

近くにあった何に使うのかわからないような棒で、良を攻撃しながらうめく。ちゃんと真剣白刃取りで止めてる所が流石俺の幼馴染といったところか・・・。

「神苗!馬鹿なんて相手にしてないで教えてくれ。俺らは今日の9時までにお前の味のコピーしなきゃいけねぇんだから。」

「俺の扱いぞんざいだな・・・。」

良の呻き声がクラスの喧騒に飲まれて消えていった。少しは哀れに思うぞ友よ・・・。

このあと、結局9時ギリギリまで俺はクラスの連中に料理を教えていた。

   NEXT


   短編TOPへ