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「へぇ、ディフェンダーだっけ?面白い力の供給しているじゃない」
弓道場を出てすぐ、校舎を迂回してきた遠坂と鉢合わせた。
こちらを見るなり半眼になり、こちらを睨みつけてくる。その横には赤い外套のサーヴァントが立っており、そのサーヴァントはやれやれ、と呆れていた。その理由はわからなくもない。
「あーそれはだな―――」
「エン。必要ない。」
そう、それはアイギスの宝具のせいである。アイギスの宝具は、からくりはわからないが、大気に満ちる魔力を自分の魔力として吸収している。そして、このライダーの結界は結界内の人間を溶解させその精神と肉体を力として取り込むタイプのものだ。この二つは厳密に言えば決定的な違いを持っているが、どちらも外界から力を取り入れるものであるので同時に発動された時は区別など本人たち以外にはつきにくいのだろう。
「あら、言い訳ぐらい聞いてあげるわよ?霧夜君。言い残すことはないかしら。」
「―――まぁ、遅いか速いかだけだもんな。」
溜息をつかざるをえない。なぜかは知らないがどうやらアイギスは退く気はないらしい。向こうも―――マスターだけだが―――やる気みたいだし、ここで退いては嘘だろう。
「いいよ冬木の管理者。始めよう。どうやらお互い退けないみたいだ。」
「随分と余裕ね。後悔させてあげるわ!」
Ⅵ 境界姫
「―――”Possess”」
「―――”Release”」
アイギスは短剣をかまえ、そして俺はいつも通り日本刀を鞘に収めたまま精神を研ぎ澄まし、各々の呪を紡ぐ。
それを合図に人間的な思考の全てを停止。戦いにおいてそれは余分。如何に相手の意思を挫き、魔術を打ち破り、誇りを踏み躙り、その在り方を否定するか。それだけを考える。
「凛。君は援護に徹してくれ。マスター同士の戦いで君が負けるとも思えないが、あのサーヴァントは未知数だ。」
「ええ、わかったわ。」
何時の間にか敵のサーヴァントは白と黒対照の双剣を手にしている。そのあり方からセイバーだと勘違いをしてしまいそうだが、それはないだろう。セイバーは衛宮が召還をしたあの金髪の少女だ。余程の例外が存在しない限りあの英霊はセイバーではありえない。此処にきてまだ遭遇していない英霊はアーチャーかキャスターのみ。ディフェンダーというイレギュラークラスの出現によりどちらのクラスの枠がなくなったのかは知らないが、剣を携え戦うというのならばかなり特殊ではあるがアーチャーの可能性が高い。
「心配ない。どんな敵であろうと、あなたに危害を与えることはさせない。」
「あぁ、頼りにしてる。」
アイギスが魔力を纏った剣を横に凪ぐ。その表情には余裕の笑みとも、決意の笑みともとれる微笑が浮かんでいる。そんなアイギスの心情を表わすようにアイギスの持つ剣がカタカタ、と不吉に嗤った。
繰り出される双剣をアイギスは右手に構えた短剣と左手の楯を使い巧妙に防いでいく。相手から繰り出される黒の剣を短剣で防ぎ、白の剣が動き出すよりも速く楯でそれの動きを制する。膠着状態に移行するよりも速く、相手が次の行動を思案するよりも速く、自らの短剣を滑らせて相手の頭蓋を割りにかかる。
「チッ―――」
赤い外套の騎士はそれを経験で培ってきた本能で察知した。考えていた攻撃の手を中断し、大きく後ろに跳躍する。その眼前を鈍色に光る無気味な短剣が通り過ぎたのはわずか数瞬後だった。その攻防、この戦いが始まってから何度繰り返されただろうか。
一度目は偶然だと思った。
二度目は僅かな違和感を覚えた。
三度目に至ってある可能性に思い当たり―――
幾度となく繰り返されたこの攻防で漸くその確信を得た。
「―――なるほど。その魔眼、人の思考を盗み見るか。」
忌々しげに吐き捨てる。その言葉に少女は答えない。例えそれが真だとしても敵に渡す情報など一つもないと、その少女の表情は語っている。
「道理で、何をしても防がれる訳だ。わかりきっていたことだが、接近戦では私が不利のようだ。」
やれやれと、肩を竦める。
赤い外套の騎士の剣技は洗練されたものではない、無骨なものであった。
人と戦うことを限界まで極め、昇華された剣技は舞のように美しいという。しかしそれは、極めたものだけが許される究極の領域。一般人がどんなに鍛錬を積んだとしても辿り着ける領域ではない。しかし、それはその領域に辿り着けないというだけで、一般人には一般人なりに辿り着ける領域がある。それが一切の無駄を排除し、愚直なまでに繰り返される鍛錬と実戦からただ相手を効率的に倒すことのみを追及した剣術であり、赤い外套の騎士が辿り着いた領域であった。
それは本能を捩じ伏せた論理の剣。戦術を論理で組み立て、経験で補正し、知識で構成された剣である。故に、その全ては思考に反映されてしまうため、もし本当にアイギスの目が思考を見るのならば、彼にとって天敵であるといわざるをえない。
「では、大人しくクラスを全うさせてもらうとしよう」
そう、それは剣士としてならば、という話だ。赤い外套の騎士は剣の英霊―――セイバーではありえない。アーチャーであれキャスターであれ白兵戦において楯の騎士の守りを突破するのは不可能に近い。それは与えられたクラスからも当然のことだ。ディフェンダーというのは戦において不退転を誇った英霊なのだから。
しかし、それが遠距離戦となると話は変ってくる。キャスターの魔術にしろアーチャーの弓にしろ、遠距離から放たれる攻撃に対しディフェンダーは圧倒的に不利であった。一般に楯の英霊は遠距離を制するような防具は持ち得ない。ディフェンダーにとって、相手の攻撃を受け、相手の体勢を崩すことが出来ない間合いというのはどうしても消耗戦になってしまうのだ。
「君は此処で倒れろディフェンダー。」
今までの攻撃を避けるような跳躍とは違う、大きくその場から離脱するような跳躍。そしてその手には、何時の間にか弓と、番えられた剣が握られていた。
―――矢が放たれる。
その速度まさに神速。常人はその矢が放たれたことすら気づくことはできないであろう。
「―――グ。」
飛来した剣をアイギスは楯で弾き飛ばす。そう、あの英霊は剣を矢として番え、あろうことかそれを撃ってきたのだ。しかもその狙いは正確無比。追撃はさせぬと、次々と打ち放たれるその矢を、アイギスは弾くことしかできない。
しかし、おかしい。今彼の英霊―――アーチャーが番えているのは無銘の短剣。何の神秘もその内に秘めていないただの剣だ。先ほどアイギスとの攻防で使っていた剣よりもはるかに劣る。しかし、そんなことは関係ない。剣を番えて矢とする英霊など聴いたことがない。しかもその剣も無尽。何の神秘を秘めていないただの剣といえど、これだけの量の剣、一人の英霊がこれだけの量の同じ剣を持つのはありえないことでは無いか。
つまるところ彼の英霊は、真っ当なアーチャーですらありえないということだ。
「く、ぅ・・・。」
此処にきてアイギスは最も相性が悪い敵と出会ってしまった。遠距離攻撃を主体とし、射と射の間に感覚が殆どない敵。これでは、間合いを詰めることすら不可能である。そんな敵相手にアイギスはよく防いでいる。しかし、このままではいずれ守りも突破され、その体は無数の剣の矢に無残に貫かれるだろう。そのマスターとともに。
「流石はディフェンダー・・・この程度では貫けぬか。なら―――」
―――それはいけない。どうあっても主を殺されるわけにはいかない。聖杯戦争なぞ関係ない。それは、彼女が生涯をかけて守り通した尊い誓いを汚されることに他ならない。
「っ・・・舐めるな!アーチャー!!」
アイギスがその手に持つ銀の楯を突き出し吼える。自らの誇りにかけてこの場では倒れぬと、その表情は語っていた。
それと同時に、アイギスの手に魔力が収束する。今までアイギスの体に吸収され循環していた魔力が、舞い踊るようにアイギスを中心に展開されていく。
「―――その楯もろとも吹き飛ぶがいい。」
「大気に紡げ、霞の境界」
大気が、凍る。知覚できぬ魔力の奔流が天を焦がす。
「―――”偽・螺旋剣”」
「―――”大結界・霧纏う楯”」
先端が奇妙に捩れ、螺旋のようになった剣がその真名とともに開放されると同時、エンとアイギスを囲む程度の小さな霧に包まれた結界が展開された。
ぶつかる剣と結界。ケルトの大英雄が持つとされたその剣はそれしか知らぬというように大気を巻き込み突き進み、展開された小さな結界は何者の侵入も許さぬと全てを押し返す。ぶつかる剣と結界。互いの存在を否定するその攻防は光を撒き散らしながらも拮抗し、進みも弾きもせぬその攻防は永遠に続くような錯覚すら覚える。
―――しかし、それはありえない。神秘というものは、より強い神秘に打ち消されるのだから。
「詰みだディフェンダー。”壊れた幻想”。」
「なっ―――」
エンの表情が驚愕を形作る。刹那、その剣は爆発し、辺りは光で白一色に染められた。
アーチャーの一言で、その嘘のような神秘は嘘のように破裂した。自らの宝具をここまで簡単に切り離す英霊を私は聴いたことがない。
「―――この結界・・・奴ではなくディフェンダーが張ったのか・・・だとすると、奴はまさか・・・」
「アーチャー?何?戦闘は終わったんじゃないの?」
言って、周囲を見渡す。辺りは爆発の影響か濃霧が立ち込めていて遠くまでははっきりと見えないが、あの至近距離でこれほどの爆発を喰らったのだからディフェンダーもそのマスターもただではすまないだろう。
「凛。私の力を評価してくれるのはいいが相手の力を見くびらない方がいい。」
「む。なによ。」
アーチャーは油断なく辺りを見回し、耳を澄ませているようだった。まだ戦いは終わっていないと彼の瞳は告げている。
「凛、ひとつ君の勘違いを正しておこう。この霧は相手の結界によって生まれたもので、先ほどの私の攻撃による爆煙ではない。」
「―――え?」
「どうやらさっきの私の攻撃で結界が発動してしまったようだな。何、簡単なからくりだ。それなりの硬度はあるが比較的弱い結界を発動するキーとして編み、その内側により強力な結界を内包させる。外側の結界が破られると同時に、内側の結界が発動するようにだ。」
この結界は私の五感を狂わせる、とアーチャーは苦虫を噛み潰したような表情で語る。
「この中に内包されてしまっては、中途半端にいい私の視力などは逆に仇になる。人の五感を狂わせ、正常な判断を奪う霧だ。複数で飲み込まれれば、少し待っているだけで同士討ちすら始まる。実に効率的で、卑怯な結界だ。」
「待ってアーチャー。貴方、随分とこの結界に詳しいみたいじゃない。」
「あぁ、それは詳しくもなる。生前この結界には再三苦しめられたからな。」
「な―――」
「”境界の王”と一般的には呼ばれていたか。長い間欠番位であった12位の位を受けた最も若輩の死徒二十七祖であり、人の子を拾っては育てる異端の死徒。そいつが最も得意とした結界だよ。」
「ちょっ、そんな話―――」
聴いたことがない、と言おうとしていた言葉は、カタカタという何かがなる音によって打ち消された。
「伏せろ!凛!!」
頭上を鋼が通り過ぎ、金属が打ち合わされる音がした。視界の隅に映ったのは弾かれ、空中を優雅に旋回する短剣だった。
―――それはまるで、鷹が地べたを這う獲物を品定めする様に似ている
「アレは・・・”人喰いの魔剣”」
「な・・・エペタムってアイヌに伝わる魔剣のこと?そんなのディフェンダーが持っているような宝具じゃないわ!!」
それに、ディフェンダーの宝具はこの人の身を融解させる結界ではないのか。いや、ディフェンダーが持っていた銀色の楯も宝具ではないと言い切れないし、防ぐためならば剣の宝具とて持つこともありえるだろう。しかし”人食いの魔剣”はディフェンダーだけではなく、セイバーでさえ持っているはずがない。
伝説に曰く、エペタムは戦が始まればひとりでに相手の陣地に飛来し、相手を滅ぼしてきたという。そう、その剣は担い手を持たない特殊な剣なのだ。―――尤も、エペタムは制御式で縛られていたため、その制御式を持つ人間が担い手といえるかもしれないが、それを差し引いても”楯の騎士”と呼ばれるサーヴァントが持つにはあまりにも不釣合いな宝具であることだけは確かだ。
「”I divorced from this world”」
「凛っ―――」
パチンと、指を弾く音がして、その次の瞬間には私の視界は一面のアカに染められていた。アーチャーの外套の紅と、その外套から吹き出る赤い鮮血によって―――
「な、あんたその傷・・・一体どうしたの!!?」
「ちっ、油断した。マスターがあいつだということを考えていればこのような失態を犯さなかっただろうが、今となっては後の祭りか。」
切り離された右腕を一瞥し、アーチャーは苦々しい表情を作った。その腕では弓を番えるのはもう無理であり、アーチャーは接近戦を余儀なくされたのだ。それも片腕を失った今では先ほどのようにいくまい。今のこの状況は、非常にまずい。
「くっ―――なんとか退いて体勢を立て直すわよ。」
「いや、どうやらそれは無理のようだ。」
退路を探しながら言った私の言葉をアーチャーは即座に拒否する。いざとなれば残りの令呪を使ってでも離脱するつもりだった私にはひどく意外な言葉だった。
「―――詰み。”錬鉄の英霊”。」
アーチャーの言葉に不覚にも一瞬思考が止まってしまった私を呼び戻したのは、そんな言葉だった。
「―――詰み。”錬鉄の英霊”」
結界を構成していた霧が消えると同時に、漆黒の髪に真紅の瞳、白い甲冑をまとった少女が鈍色に光る刀身を振りかぶり、上段からアーチャーへと切りかかった。
その動作、確かに一般人よりは速く、その剣筋も巧い。だが、アーチャーとて英霊それに反応できないほど弱くはない。アーチャーはいつの間にか握っていた白い剣でその剣を受け止める。
「やはり、貴様は”境界姫”か。道理で私の戦い方を知っているわけだ。」
ぎり、と二人のサーヴァントの握る剣が軋む。打ち据えられた剣が短剣といえど、その剣はアイヌの魔剣。ジリジリと白い剣を押し返し、アーチャーを喰らわんと不気味に嗤う。
「私に気づかなかった時点であなたの負けだった。あなたの世界は使わせない。ここで、散れ。”人喰いの魔剣”」
アイギスの声を受けてエペタムの刀身が、比喩でもなんでもなく、嗤った。いままではただどこからともなくその音は響いていた。だが今は違う。白い剣と打ち合わされたエペタムはその背を支点にパックリと割れ、人の口のように嗤っていた。その姿まさに魔剣。エペタムは、そうやって相対する敵に恐怖を与え、駆逐してきたのだ。
伝説の再現、かくして恐怖の剣は蘇りその宝具は開放される。
「くっ・・・叶わぬものだ。ようやく手に入れた機会だったのだが―――」
白い剣を障害とすら認識せず、エペタムは勢いを増し、アーチャーを喰い破った。
その概念は正に”人喰い”、人を殺すという点においてはこの魔剣は優れた能力を持っているのだ。サーヴァントであれ神性を持たぬ限りその刃にかかれば死を免れることはほぼ不可能である。
アーチャーが消えていく。その姿を見届けるでもなく、漆黒の髪の少女は崩れていくアイヌの魔剣を捨て、背を向けて霊体と化した。