―――――interlude

 

ギィン、と甲高い音が響き、金髪の少女―――セイバーはその手に持つ不可視の剣で自らのマスターに迫った釘のような短剣を弾く。弾くために振り下ろした剣の慣性を殺そうともせずその勢いで体を回転させ、紫髪の女―――ライダーの脳天を割らんと剣を振り下ろす。その攻撃、ライダーが追撃をしてくるということを読んでの一撃であったが、予想に反してライダーは弾かれた短剣の柄についた鎖を引き寄せ、短剣を回収しただけで後ろ―――彼女のマスターである間桐慎二の所まで跳躍して戻った。

 

「何してるんだよライダー!さっさと殺せって言ってるだろ!!」

 

 瞬間、一瞬だけライダーが顔をしかめた。慎二の意見に逆らうとライダーは令呪の縛りをうけ、その体に電流に酷似した衝撃が走る。しかしそれで自分の動きを制限されようと、ライダーは今迂闊に攻め込むわけには行かなかった。今回の戦闘の舞台はあろうことか学校の廊下、蛇のような不規則な動きを得意とし、その速度と怪力を活かしたヒットアンドアウェイを得意とする彼女にとって、この廊下という場所はひどく相性が悪い。攻め込む方向が正面に限定され、左右に大きく動くことすらできない。

 加えて、今の相手はセイバーだ。如何に相手が少女のような姿形をしていようとも、剣の英霊のクラスを得るということは白兵戦の達人であることには相違ない。そんな相手に対して正面から愚直に攻め込むというのは自分の腕によほどの自信があるか力の差を見極めることができない愚か者のすることだ。

 だが、いつまでもこのような無意味な睨み合いを続けるわけにも行かない。校庭ではすでに宝具同士の激突が行われているのか、それとも終わったのかとてつもない魔力の奔流を感じる。のんびりしていれば勝者がここに踏み込んできてしまうだろう。

 

「ライダー!行けといっているのが聞こえないのかこの役立たずがっ!!」

 

 体を縛る電流は強くなる一方だというのにライダーは動かない。相手を軽く見れば危ないのは自分のほうだと、彼女はこの前の戦闘から学んでいた。前回のディフェンダーとの戦闘でライダーの左腕の手首は切断されたまま、魔力の供給が不完全な彼女はそれを回復させる余裕すらなかった。さらにこの結界宝具の発動。この宝具の発動が完全で、全ての人間を融解し自分のエネルギーに変えられた後ならばこの状況をどうとでもできる自信はある。しかし、結界の発動が不完全でエネルギーを得るのすらままならない今はこの結界を維持するだけでも骨が折れるのだ。

 つまり、現状ではライダーにはセイバーだけではなくサーヴァントを打倒する術がない。

 

「ライダー、そちらから来ぬというなら―――」

 

 それを悟らせないように巧く切り結んできたつもりだが、真正面から当たれば万全であっても勝てるかどうかわからないセイバー相手にそろそろ限界は近づいてきている。

 

「こちらから行くぞっ!」

 

 突風のようなセイバーの剣舞にライダーは慎二を抱え壁や床、果ては天井を縦横無尽に跳び回り距離を離す。主である慎二は正面から戦い、セイバーを打倒することを望んでいるが、それは不可能に近い。ならば、この状況を脱することを前提に策を練るしかない。例え、その身が幾万の電流に縛られようとも、■の言葉を守るために―――

 

―――――interlude out

 

 

 

Z 敗走

 

 

 

「あー、どうしたもんかな・・・」

 

 弓道場の裏の林まで来て座り込み、知らずそんな言葉を林の中に投げかけた。アーチャーの撃ったあの宝具は結果的に見れば相殺できたものの、一つ目の結界から二つ目の結界に移る微少な時間単位でみれば相殺し切れてはいなかった。焼けた制服、上がらない右腕、爆炎に巻かれた際に瞳が焼けたのか視界すらも不明瞭だ。

 ぼんやりとしか見えない林はいつもより暗く見え、ライダーの結界で朱に染まったそれは正に悪夢のようだった。

 

「これは衛宮に期待するしかないか。」

 

 体がうまく言うことをきいてくれない。校庭から弓道場の裏にある林に来るのだっていつもの二倍ぐらいの時間がかかってしまった。一重に体が思いせいともいえるが、それよりも深刻なことに視界がどんどん不明瞭になってきている。淨眼によってある程度は視界を保てているが元より視えざるものを視る眼である為、本来視るべきものが視えなくなるのも時間の問題かもしれない。正直今すぐ工房に戻り、何らかの手を打たなければ失明すらありえるかもしれない。

―――全く、これでは試合に勝って勝負に負けたようなものだ。

 

「―――無事か?アイギス。」

「活動に支障はない―――が、暫くは戦闘を行えない。」

 

 そういう宝具、とアイギスは言う。

 受け継ぎしものサクセサーとアイギスが言ったペンダント型の宝具、その宝具の本質は大気の魔力を取り込むことではない。そこにはある死徒が得意とした魔術、武術、戦法や知識はたまた容姿などの情報、つまるところの死徒の設計図とも呼べるものが刻まれている。もちろん設計図だけでは何の役にも立たず、当然のようにそこにはある仕掛けが存在していた。それが発動させた対象に一時的にその情報を上書きするというもの。魂の情報の上書きという第三魔法にも迫るそれは誰にも御せるというものではなく、適性のないものが扱えば肉体が崩壊してしまう。アイギスがそれを御せるのは彼女の持つ特殊な魔術回路降霊回路サモンサーキットのおかげである。

降霊回路は物質に宿る思念を読み取り、それを自分の体にインストールすることができる。この能力は物質があればそれに宿った思念や情報を読み取りその奇跡を再現できるものであるが、その物質に篭められている思念の量がアイギスのキャパシティを上回ってしまうと再現できないということや、一度思念を読み取った物質は崩壊してしまうという欠点をもつ。アイギスのキャパシティの限界は宝具で言えば無理してBランクの宝具の奇跡の一端を引き出せる程度であり、完全に再現できるのはCランクまで。それを超えてしまうと湯銭から溢れる水のごとく読み取った思念や情報、果てはアイギス自身の情報までもが流れ出し、失われてしまう。

この宝具はアイギス用に創られたものであり情報が溢れるということはないが、アイギスの肉体に多大な負荷をかけることには変わりなく、宝具使用後は肉体が強制的な休息状態に陥り戦闘などの活動が不可能になるらしい。

つまり今のこの状況は手詰まり。何の策もなしに行き当たりばったりの戦闘を行った代償として与えられた重すぎるペナルティだ。

 

「カッカッカッ、これは思わぬ好機よのう」

 

 そこに、耳障りな声が響く。

 

「無策な孫が心配でここまで来たのだが、思わぬところに思わぬものが落ちていたわ。」

「マキリの老獪―――随分と孫に甘いみたいじゃないか。」

 

 もう限界だと悲鳴を上げている両足に鞭を入れ無理矢理立ち上がり、動く左手で刀を抜く。

 

「カッ、そんな体で無理をする。立ち上がるのもやっとであろうに。安心せい。先ほどもいったと思うが今回は孫の様子を見に来たのでのう。急ぎ孫の元へ行かねばならぬ。だから―――」

 

 瞬間、空気が震えた。よぼよぼな老人から発せられる魔力に体が強張る。わかりきったことであったが、一芸にしか秀でていない自分と代々魔術師としての神秘を受け継いできた相手、横たわる実力の差は大きすぎる。しかも今のこの体たらく、今の俺は相手にとって赤子よりも御しやすいに違いない。

 

「―――お主達の相手は我がサーヴァントに任せるとしよう。」

「ずっ・・・あ・・・。」

 

 その言葉が終わるのと視界の隅に漆黒の飛来物が右肩に止めを刺すのはどちらが先だったか。血が流れ出すにつれ感覚が失われていく右手はもう使い物にはならないだろう。

痛みに喘ぐ思考を無理矢理押さえつけ前を視る。そこには現界したアサシンのみが存在し、老魔術師は既にその場には居なかった。赤い結界のなかに穿たれた黒い虚。その黒い虚の中にのっぺりと浮かぶ白い面は嗤っているように見える。

 

「現界していては、暗殺者の名が泣くぞアサシン」

「―――キ。お前相手ニ、姿ヲ隠しケハイを絶ツヒツヨウは無い」

 

 穿たれた虚が縦に跳躍する。その間に放たれた短剣の数は4―――いずれも急所への攻撃だが自分にはそれをよける術は無い。

 

「あ・・・あぁっぁああああ」

 

 とっさに魔力を刀に通し一閃する。それで弾けたのは偶然当たった二つのみ。あとの二つは撃ちもらし、当たり前のように左足と右のわき腹に突き刺さった。

 体から血が失われていく。薄れていた視界がさらにぼやけていく。このままでは負けは必定。そんなのは当たり前だ。相手がサーヴァントである限り、たかが魔術師に勝てる見込みなど無いに等しい。勝てぬなら、せめて生き延びる方法を。策を弄し、この場から離脱する方法のみを思案しなければ―――

 

 

 

―――――interlude

 

 足元に迫る飛来する釘のような短剣をセイバーはその手に持つ不可視の剣で難なく弾く。このやり取り、既に何度行われたか。先ほどからライダーはまるでそれ以外を忘れたかのように彼女の足元に短剣を投げ、弾いて体制が崩れたセイバーの足をもう一本の短剣で掬いにかかる。しかし、セイバーはそれを難なくかわすとライダーの頭蓋を割らんと剣を振り下ろす。

 

「シッ―――」

 

 短剣に付いた鎖を器用に操りセイバーの剣戟を僅かに逸らしながらライダーは後退する。追撃は無く、セイバーは怒りにも似た表情でライダーを凝視していた。しかし、ライダーはそれを気にも留めずまた地面スレスレまだ体勢を落とし短剣を投擲する。

執拗なまでの足元への攻撃、自分の速度を持ってすればセイバーに追撃はされぬと確信しているかのようなその振る舞い。事実、ライダーは先ほどからセイバーに追撃されてもそれをいなし全力で離脱することでその場から離れている。あろうことか、追撃に迫ったセイバーがそのマスターから少し離れたことをいいことに、セイバーのマスターに向かって短剣を投擲するなどという行為まで行っている。

無論、その投擲は全て打ち落としているし、セイバーのマスター―――衛宮士郎には傷ひとつ無い。追撃に関しても後一歩深く踏み込めばライダーを両断する自信がセイバーにはある。しかし、ライダーが行う士郎への投擲は全て全力ではないのだ。セイバーの後一歩の踏み込みを許さず、士郎の元へ全力で戻れば間に合う程度に速度が調節された投擲。それがセイバーには歯痒い。確実に仕留めることができる相手だというのにその代償として失うのは自分のマスターの命。そんな形の勝利では何の意味もないのだから。

 

「随分と、臆病な戦法になったなライダー!」

「確実に勝てる方法を選んでいるだけですよセイバー。」

 

 その声に孕むものは怒気と嘲笑。確実にセイバーは今の状況にストレスを感じている。剣の騎士である彼女にとって戦いは全力を持って正面からぶつかるものが多かった。それが騎士としての礼儀でもあり、その戦い方こそが誇りにすらなっていたといっても過言ではない。しかし、このライダーの戦い方はそうではない。相手は全力ではなく、自分が全力を出せば失われるのは自分の守るべきもの。命の遣り取りですらなくただの駆け引きをさっきから続けているに過ぎない。

 

「いつまでこんなふざけたことを続けるつもりだ!!」

 

 再び足元に迫った短剣を剣で弾き、足元に迫ったライダーに剣を向けながらセイバーが吼える。中途半端にルーチンワーク化された遣り取り。その中で相手に隙を付かれない程度にセイバーが大振りになった。そして、それこそがライダーが待っていた決定的な隙

 

「その大振り、貰いました。」

 

 弾いたはずの短剣がまるで生き物のようにセイバーの腕に絡みつき、廊下の壁に突き刺さる。わずかに鎖に絡め取られのけぞったセイバーにライダーは迷い無く踏み込む。そして持っていたもう一本の短剣も壁に突き刺し、事実上セイバーを拘束する。

 

「この程度で私を封じたつもりか!」

「いえ、しかしその一瞬が私は欲しかった。」

 

 裂帛の気合と吹き荒れるセイバーの魔力により千切れる鎖、しかし、その一瞬にライダーは空手の右手を大きく振りかぶり―――

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

―――結界宝具を解き、それの維持にまわしていた魔力すらその右腕に乗せて

 

「グ・・・が・・・」

「っ!セイバー!!」

 

セイバーを文字通り全力で殴りつけた。魔力の奔流を突き抜けセイバーの体に突き刺さったライダーの拳はなおも止まらぬとセイバーの体を持ち上げ、壁にたたきつけ、その壁すらも打ち破る。ライダーのクラスの持つ固有スキル怪力。それにより強化された彼女の筋力はバーサーカーのそれにすら迫るほど。

瓦礫に埋もれるセイバーを確認せずにライダーは跳躍し、その主の下へと舞い戻る。

 

「おい、何で勝手に結界を解いてるんだよ!」

「すみません慎二。しかし彼女の虚を付くにはこれしかありませんでした。それよりも、今は退きます。」

「な―――」

「セイバーは最有のサーヴァントです。今、この状況では勝てる見込みは少ない。ならば、勝てる状況で迎え撃てばいいだけの話です。」

 

 完膚なきまでに叩き潰したほうがいいでしょう?とライダーは己が主に問う。

 

「煩い!今やれそうじゃないか!!今すぐやればいいだろっ!!!」

 

 しかし、その申し出も慎二には届かない。もともと彼にはつまらない自尊心しかない。それを傷つけられた彼は相手を屈服させることでしか自分を満たす方法を知らない。

 

「ライダァァァァァァアアアアアアア!!」

「っ―――!!」

 

 瓦礫から吹き出る風の奔流が全てを巻き上げ、その中より蒼い疾風がライダーへと吹きつけた。上段から振り下ろされるセイバーの一撃をライダーはいつの間にか再び取り出した短剣と鎖を打ち据えて軌道をずらそうとする―――

 

「フッ!!」

 

―――だが、甘い。元より頑丈な鎖程度の役目しか果たさぬその鎖ではセイバーの進撃を阻むほどの力は無く、咄嗟の体勢で防ぎきれるほど剣の英霊の一撃は軽くは無い。

 

「ガ・・・」

 

 結果的にライダーはその短剣を砕かれ肩口から腰にかけて大きすぎる傷を負うこととなった。

 

「な・・・なにやってんだよ!負けていいなんて誰が言ったんだライダー!」

 

 自分の体から出た血の海に倒れこむライダー。その体からは一切の力が失われており、サーヴァントであれ命に関わるほどの傷であるということが理屈ではなく観測の結果として理解できる。そう、それは誰が見ても致命傷の傷なのだ。なのに、慎二はただ駄々っ子のようにライダーを罵倒する。まだ生きているなら戦えと、俺のものなんだから役に立てと。

 

「そこまでだ。ライダーのマスター。ライダーは確かに優れた英霊だ。だが、お前のような愚かなマスターの元ではその実力を微塵も発揮できまい。」

「う・・・うるさい。さっさと立てよライダー!せめて僕の楯ぐらいにはなって役に立って見せろ!!」

 

 電流がライダーの体を蝕む。しかし、それは目に見えて悪循環だ。もう動けないほどの傷を負っているライダーを苛む電流は間違いなく確実に彼女の命を削っている。

 

「負けを認めろライダーのマスター。令呪を使ったところで、あの状態のライダーは私を止めるための楯にもならん。」

「くそ・・・くそ・・・くそっ!!ライダー!!どうせ死ぬなら少しは役に立ってから死ねよ!!!」

 

 その命令、死を前提としたものであったせいかライダーの体が反応し、傷口から血が零れるのも構わずにライダーが起き上がろうとし―――

 

「そこまでじゃ。わかっていたことだが、お前には使いこなせんか。」

 

―――その命令はしゃがれた老人の声によって中断された。まるで老人の声に反応したかのように慎二が大事に腕に抱えていた本が燃え始め、ライダーの姿が消え始めたのだ。

 

「え・・・?お爺様・・・?なんで・・・」

 

 腕の中で燃える本すら気にもかけず慎二は現れた老人へと呆然と視線を向けていた。本はなお燃え、燃え尽きるとともにライダーも姿を消していた。

それを見届けてから現れた老人―――間桐臓硯はさもつまらなそうに呆然と立っている自らの孫を見下し、セイバーへと向き直る。

 その視線に、何を感じたのかセイバーが一歩だけ後退した。

 

「なるほど、不完全であれライダーが負けるわけよ。相当名のある英霊とお見受けした。これほどの英霊、過去の聖杯戦争においても出てきたかどうか・・・」

 

 臓硯の言葉を受けてもセイバーは身動ぎ一つせずただ、老人を睨み付けている。まるで、それは老人の視線から彼女のマスターを守っているよう。

 

「さて、ここで取り引きをしたいと思うんじゃがどうかのう?」

「取り引きなど必要ない。お前はここで果てろ。暗殺者のマスター

「カッカッカッ。早計だのうセイバー。我がサーヴァントがアサシンだと知ってそう言っておるのか?」

「な、に―――?」

 

 セイバーが士郎のそばまで後ずさり不可視の剣を構える。

 

「アサシンの特性が気配遮断であるということを知らんではあるまい。何、取り引きとは簡単なものじゃ。わしらをここから見逃す。そうすればわしもお主等に害をなさぬ。」

「貴様がその取り引きを守るという保障が何処にあるというのだ魔術師。」

「何、契約と言い換えてもいい。この場限りのものになるがのう。例えマキリの名に泥を塗るような孫だとしても肉親でな。」

 

 臓硯は欠片もそんな風に思ってはいないような口調でそう淡々と告げる。しかし、その様子は確かに戦闘を望んでいるようなものでもなかった。魔力も、敵意も、殺意も全く感じさせず、ただそこに立つだけの老人を見て、士郎は思案する。自分がとるべき最良の道を。そして、そんなことは最初から決まっている―――

 

「―――いいだろう。その取り引き、今回だけ乗ってやる。」

 

 戦わずに済むというなら、セイバーを戦わせずに済むというなら、その道を取るべきだ。今の彼女は魔力の供給が無い状態だ。無駄に戦わせれば弱っていき、やがて敗北するだろう。それに、今は何よりも時間が惜しい。不完全とはいえ学校の生徒はあんな凶悪な結界にさらされていたのだ。急いで対処しなければ命に関わってくる生徒も居るかもしれない。

 

「な、シロウ。この魔術師は信用ならない。そもそも、これは取り引きですらない!」

「わかってる。でもセイバー、学校のみんなは一刻を争うかもしれない。」

「っ―――」

 

 士郎の言葉にセイバーが押し黙り、臓硯はカッカッカッと嗤いながらその姿をくらましていく。

 数瞬後にはその場に残ったのはセイバーと士郎、そして本の燃え滓のみだった。

 

―――――interlude out

 

 

 

I divorced from this world世界は私を遮断する

 

 詠うようにそう呟き、刀を横に一閃する。そこに飛来した短剣は途中で不可視の壁にぶつかったように弾かれた。

 結界魔術、俺が唯一得意とする魔術で、それはその名の通り結界を作り上げることができるものだ。そもそも結界というのは自分に害をなす外敵や、己の妨げになるものの侵入を許さない一定の区画のことを指す。それは言い換えれば外界と内界の境界でもある。それ以上侵食も、進入も、進撃も許さぬという強固な意志の壁ともいえるだろう。

本来ならば結界は作る際には基点と呼ばれるもの―――つまり結界の基盤のようなものが必要となる。俺の魔術の特質はその基盤を無視して結界を作れるということだ。魔法使いの師匠からみても特殊と言われるもの。普段はその異常なまでに防御に傾倒している魔術を役立たずにも思っていたことだが、今はこの魔術はとても重宝していた。

 

「は―――ァ」

 

 アサシンは自分よりも圧倒的な弱者をいたぶるために姿をさらし、こちらの息が整ったときにその神速の短剣を飛ばしてくる。視認すら不可能な領域のそれは運よく防げたとしても1,2本、同時に放たれた数本の短剣を防げるわけではない。今持っている日本刀では、今のこの体の状態では―――恐らく万全であっても―――避けられない。なら、体術で無理ならば、魔術で防げばいいのだ。自分を覆うほどの結界を何層も展開し、それで防げばいいのだ。

 

「くっ―――次!I divorced from this world世界は私を遮断する

 

 勿論、アサシンとはいえど英霊なのだ。結界の一層は二度ぐらいしか投擲を防ぐことはできず、何度も張りなおすことになるのだが―――。

 

「キ―――イツまで持ツかナ?」

 

―――何かがおかしい。

 また展開している結界の半分を丁度二度目で突破される。作り変えるたびにより強力にものを創り、層の数も増やしているというのにどうしてこうもたやすく突破されるのか。

 

「―――次!!」

 

 自分が強い結界を作るたびに相手も強くなっているとでも言うのか。しかし、そんなことはありえない。いくらアサシンが英霊であろうと、いや、英霊であるが故に現界しているあいだに成長するなどということはありえない。サーヴァントとして呼び出されている彼らはにいる本体のコピーでしかない。新しく知識を仕入れることはあっても能力が向上していくなどということはありえない。それならば、考えられることは一つしかない。

 

「はっ、なるほど。」

 

 つまり、アサシンは折角手に入れた玩具を壊さないように慎重に力加減をしているに過ぎないのだろう。一投目で結界の強度に予測をつけ、二投目でそれをぎりぎり上回り壊せる程度の力で投げつけてきているということか。

 

「強者の余裕ってことか―――。」

 

 アサシンは答えない。玩具は玩具らしくただ楽しませろと髑髏は嗤っているようだ。

 いい加減体中が悲鳴を上げている。自分が最も得意とする魔術といってもこの疲労した状態でいつまで集中が続くかわからない。だから、

 

「―――エン!」

「キ?」

 

 そのアイギスの合図は、不覚にも涙が出そうなほどうれしかった。学校を覆っていた紅の帳がとけ、そのことにほんの僅かだけアサシンが気を逸らしたのだ。

間髪居れずに左手にある令呪に意識を集中させ、叫ぶ。

 

「アイギス!!この戦場から全力で離脱しろ!!!」

 

 マスターに許された三回の絶対命令権―――令呪。その助けを借りて一時的に復調したアイギスは俺を脇に抱え神速の踏み込みでその場を離脱する。一瞬だけ出遅れたアサシンが令呪の助けを得たアイギスの速度に追いつけるはずが無く、黒い虚はどんどんと小さくなっていく。

――― なんとか、なったな

 そんな風に思った途端、俺の意識は断絶した。

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