「そうだな、今日はお前の服を買いに行こうと思うけど、どうかな」

「・・・・・・」

 

 俺の意見にアイギスが呆然としているのがよくわかる。普段無口、無表情なだけにこういう表情はなんか新鮮だ。

 学校に張ってある結界を解呪することも邪魔することもできないと言う結論に至った俺はわざわざ罠に嵌りに行くという愚行を犯す気にもなれず、今日はアイギスと作戦会議をしようと考えていた。

 で、作戦会議ついでに昼の町を歩き回り、街の死角や敵マスターが拠点を置いてそうな場所を絞ろうと思ったのだが、携帯電話も持っていない俺がぶつぶつと霊体化したアイギスと喋りながら歩いていく様は相当不気味なのではないかと思い当たった。またアイギスに鎧を脱いでもらって、というのも考えたのだが、全身を覆う白い甲冑の下につけているのは黒を基調としたドレスらしく、それはそれで目立つので却下と相成った。

 

「・・・必要性は低い。会話はパスに流れる思考で成立する。」

「いや、しかし俺も一人で歩き回るのは寂しいだろ。」

 

 こりゃまた呆然とこっちを見つめるアイギス。そんなにおかしいことを俺は言っただろうか。

 

「―――了解した。動きやすくシンプルなものが好ましい。」

 

 根負けしたのか少し呆れを含んだ溜息に乗せてそんな言葉を吐いた。

 

 

 

W 騎兵<前編>

 

 

 

 なんだかんだでアイギスは買い物を楽しんでいたようだった。最初の一着は妹へのプレゼントだと言って適当に店員の人に見繕ってもらった。やはり自分で選びたいだろうと思ってその服を着せて店に行くと、控え目では在るもののいろんな服を見ながらウインドウショッピングを楽しんでいた。

 結局、俺が買ったもの以外の服は見るだけで買わなかったのだが。

 

「それだけでよかったのか?」

「問題ない。」

 

 その格好は実にシンプルなものだった。白を基調としたワンピースの上に黒のダッフルコートを着ていて、その首からは中心に彼女の瞳と同じ青緑の宝石がはめられたネックレスをぶら下げている。白い素肌もあいまって本人には悪いと思うが病人が久しぶりに外に出たと言う印象を受ける。

 

「あぁでも、似合ってるな。」

「―――そう。」

 

 正直な感想だった。人に見繕ってもらったものとはいえ、成る程、俺に洋服の知識があってもアイギスのような子にはこういったものをプレゼントすると思う。そう思うほどアイギスのワンピース姿は似合っていた。まぁ、それも今はコートで隠れているのだが。纏められていない長い灰色の髪が目の前で揺れる。その光景は、今は気の抜けない状況にあるということを忘れそうなほど綺麗な光景だった。

 

「今日はこのまま新都を中心に回ろう。こっち側は死角が多い。」

「了解。」

 

 今は昼の二時。どれだけ歩き回ることになるのかはわからないが、この街の地理をくまなく把握するには丁度いいぐらいだろう。

 

 

 

―――――interlude

 

 走る、走る、走る。

それは本能が出した警告のようにも思える。学校を出た辺りから嫌な予感はしていた。何かに見られていて、あまつさえつけられているような感覚。それが普通の人だったら逆に自分から距離を詰めて相手に詰問するところだ。でも、今回の気配は何かが違った。あらゆる武術の鍛錬で磨いてきた自分の心がそれと正対することを拒絶している。

 

「―――は、ぁ。」

 

 どこをどう走ったのかもわからない。でもまだ安心はできないと本能は告げていた。

―――ジャラ、

 止まったら駄目だと、自らの足を叱咤して、さらに速く、速く、速く―――

 

「ぁ―――」

 

 デタラメに走っていたせいで、私の逃亡劇はあっけなく終了した。自分から路地裏の、しかも袋小路に逃げ込んでしまったのだ。

―――ジャララ、

 鎖を引きずる様な音に異様な寒気を感じて、背後を振り返る。

 そこには、紫色の長髪に異様な眼帯をした女性が、壁に張り付いていた。

 

「――――っ!!」

 

 捕食をする前に狩人のように、それは舌なめずりをする。

 上手く声がでない。背中には壁、もう逃げられない。私は恐怖に慄きながら、その女性が近づいてくるのを見ることしかできない―――

 

―――――interlude out

 

 

 

「ふっ―――」

 

 アイギスが壁に張りついたヘビのような女性の死角をつくように蹴り上げる。女性はそれを知っていたかのように大きくその状態から上へ跳んで避けると、そのままこちらを見下ろしてきた。

 本来ならば相手が食事に移るその瞬間を狙うべきだったけど、まぁ、襲われている相手が悪かった。

 

「英霊の身でありながら人を襲って栄養補給は少し大胆すぎるんじゃないかな?」

「それがマスターの方針ですので。」

 

 感情が表に出ないように噛み殺す。ドサ、という音が聞こえ肩口から後ろを見ればそこには安心したのか、それとも恐怖が臨界を向かえたのか地面に倒れている美綴の姿があった。

まさか知り合いが襲われているというだけで自分の心がここまで乱れるとは思わなかった。まぁ、そこのところだけでもアレに感謝はしておこう。

自分はまだ、未熟であると実感できたのだから。

 

「ディフェンダー。容赦はいらない―――叩き潰せ」

「了解。エン。」

 

 そう言って素早く白い甲冑を身に纏い、左手に短剣を構えた。

 

「―――守備は最小限。敵サーヴァントを打倒することを最優先事項と認識。□□□一式を開放。」

「くっ」

 

 一瞬にしてアイギスは敵サーヴァントと同等の位置まで跳躍していた。敵は振り下ろされる剣を釘のようなもので辛うじて防ぎ、更に上へと回避を行うために登っていく。アイギスはこちらを一瞥するとそれを追うように壁を蹴りながら上へと登っていった。

 ならば俺は俺にやれることをしよう。

月を仰ぐように空を見上げ、目を瞑り、自らの中にあるスイッチを切り替えた。

―――世界が一変する

 本来ならば見ることのできないものを無理矢理視るこの瞳はあまり使いたいものではないが、相手のマスターが隠れている以上、それを見つけ出すのにこの瞳は適している。

 

「―――そこか」

 

 ぐるりと周りを見渡して、探し物を見つける。あとは迅速にアレを□すだけ。

竹刀袋から日本刀を取り出して夜の闇に溶けるように駆け出した。

 

 

 

―――――interlude

 

 ビルとビルの間、その僅かな隙間を縦横無尽に駆け回る白い閃光と、妖艶に壁を走りぬける紫の蛇。それは見る人が見ればよくできた演舞のようだったであろう。紫の蛇がその手に持った釘のような短剣を相手に投擲すれば、白い閃光はそれをギリギリ皮膚が傷つかない程度の見切りで避ける。白い閃光が蛇を壁からはがそうと蹴りを繰り出せば紫の蛇は上へ又は下へ壁に張り付いたように移動する。当たれば互いにただではすまないそのやり取りは最早洗練されすぎて殺し合いとは思えないほど華麗だった。

 

「ふっ―――」

 

 白い閃光が逆手に持った白刃を一閃する。相手の隙を見つけたわけでも無いその一撃は、やはり紫の蛇には遠く及ばない。剣を振り切った後の体勢を逆に狙われるぐらいの不完全な攻撃。それを、壁を蹴る力で無理矢理かわし、三角跳びの要領でまた相手に迫っていく。

 それは稚拙な攻撃だった。ただ相手に切りかかるだけの、剣に関して何の心得も無いような攻撃。

 故に紫の蛇は思案する。白い閃光はディフェンダーとマスターらしき少年に呼ばれていたことから、攻撃手段は皆無なのではないかと。ならば今のまま・・・・でも勝機はある。この不安定な足場で持久戦に持ち込み、相手の体力を削ればいい。

 

「素直に防戦のみに徹していればよかったのではないのですかディフェンダー。」

「―――答える必要性は無い」

 

 そう、ディフェンダーはどんな体勢でも紫の蛇の攻撃を的確に防ぎ、弾き、体勢を崩しにかかる。彼女はこと護る技術においては過去のいかなる英霊と比較しても12を争うものであろう。

だからこそ惜しまれる。本来ディフェンダーは相手を攻撃するにしても相手の攻撃を受け、それにより相手の体勢を崩し攻撃に移るものだ。自分から斬ってかかるような戦いは愚行としか言いようが無い。

 

「可哀想にディフェンダー。貴方はマスターに恵まれなかった。」

 

 彼女のマスターは戦う前に「叩き潰せ」と言った。彼女は愚直なまでにそれに従っているのだろう。だとしたらこれは彼女の失策ではなく、ディフェンダーというサーヴァントの特性を見抜けなかった彼女のマスターの失策。彼女のマスターは、怒りに駆られたその一瞬の判断の間違いで、自らのサーヴァントを窮地に追い込んだのだ。

 

「これ以上は見るに耐えない。楽にしてあげます。」

 

 両の手に持つ短剣を同時に投擲する。ディフェンダーはそれを空中で回避し、紫の蛇へと壁を蹴り迫ってくる―――

 

「避けていいのですか?」

 

 紫の蛇はディフェンダーのマスターのもう一つの失策をつくことにした。それは、先の女生徒をそのままこの場に残したこと。ディフェンダーという目標を失った短剣は真っ直ぐにその女生徒へ向かっている。

 ディフェンダーのマスターはわざわざ彼女を助けるために表れた。それならば、そのサーヴァントも彼女を護ろうとするのが必定。女生徒に迫る短剣を弾こうと背を向けた瞬間がディフェンダーの最後だと紫の蛇は嗤う。

 

「貴方こそ―――」

 

 しかし、ディフェンダーは短剣を弾くために背中を見せるどころか空中でさらに加速し、紫の蛇へと迫る。

 

「―――武器を手放すのは感心しない。」

 

その速度、その身のこなし、つい先ほどまでとはまるで別人のよう。その無表情を張り付かせたような顔には確かに笑みが浮かんでいた。ディフェンダーの背後で見えない壁に弾かれたかのように短剣が地面へと落下していく。

 そこで紫の蛇は己の失策に気づく。

 慌てて眼帯に手をかけ、その封印を開放しようとし―――その手を短剣によって切り払われた。

 

「はっ―――」

 

 更に強烈な蹴りの衝撃が表皮を突き破り、内腑を侵す。

 そう、ディフェンダーは敢えて稚拙な剣を振っていたのだ。自らが冠したクラスと、その稚拙な剣を見れば誰であろうと護ることしかできず攻撃は不得手であると勘違いするであろう。それこそが彼女の一つ目の狙い。自分の攻撃は効かないが、相手の攻撃でやられることがないと、錯覚させることが二つ目の布石に繋がる。

その二つ目の布石が敢えて残してもらった女生徒―――美綴綾子の存在。稚拙の剣を振るいつつも護りだけは鉄壁であったのは正攻法では崩せないと思わせるため。ならば相手はディフェンダーの鉄壁を崩すために弱点をついてくるだろう。その弱点こそが美綴綾子なのである。

かくして紫の蛇はまんまとディフェンダーの思惑に乗り、失策を犯した。

自分のその攻撃によって相手に確実に隙ができると踏んだその慢心、ディフェンダーというクラスが自分を脅かすものではないというその誤解。その総てが紫の蛇を死へと追い詰める布石となる。

美綴綾子を狙った短剣はあらかじめ張られていた防御結界により阻まれ、僅かでも勝利を確信してしまった紫の蛇は壁から引き剥がされディフェンダーによって蹴り上げられている。

 

「は―――ぁ。」

 

 紫の蛇を蹴った反動で地に着いたディフェンダーはその青緑色の瞳を細め、魔力を爆発させた。持っていた短剣に魔力で構成された刀身が編み上げられていく。そう、それはそういう魔剣だった。持ち主の魔力を喰い、その刀身を発現させ、持ち主の敵を悉く屠る。主を変え、違う主に渡るたびに加工され、人々の手に渡されていくうちに姿を代えたそれは今でもその力だけはしっかりと残していた。

 

「これで終わり。」

 

 収束された魔力の帯が怒涛の津波のように、空間を塗り替えた。

 

―――――interlude out

 

 

 

「大人しくしていれば見逃してやろうと考えていたんだが―――」

 

日本刀を鞘から抜刀し、肩に担ぐ。その眼前には先刻のサーヴァントのマスターが驚愕の表情でこちらを見ていた。

 

「お前の行動は目に余る、間桐。」

「な、なんだよ。こ、こんなところでどうしたんだ霧夜」

―――くそ、何で此処がわかったんだよ―――

 

 青髪の少年―――間桐慎二は余裕を装いながらもその顔には明らかな焦りが滲んでいる。その様子に少し落胆した。自分は安全なところで非道な指示をしているだけで姿をずっと隠しているつもりだったのかと思うと、微かに吐き気すらした。

 

「もうじきサーヴァント同士の戦いにもケリがつく。あのサーヴァントではディフェンダーを倒すことは無理だろう。」

「な、何を言ってるんだよ。よくわからないけど、僕は関係ないからさ。その物騒なものを仕舞えよ」

―――ライダーの奴は何してるんだ。さっさと僕を助けろよ―――

 

 あぁ―――こいつはなんてつまらない。

 自分では闘う力も、生き抜くという確固たる意志も、なにもない。下らない自尊心プライドからこの戦いに首を突っ込み、その自尊心が邪魔をして素直に逃げることもできない。

 

「な・・・なんだよ・・・」

―――くそ、なんなんだよ、この僕を見下しやがって―――

 

 目を細め、持っている刀に魔力を通す。これ以上話すことは無いと意思を篭めて相手を見る。

 

「そんな怖い顔をするなよ。まさか、最近横行してる通り魔ってのは霧夜なのかい?」

「そこまでだ間桐。お前は些か煩い。」

「―――へ?」

 

 真っ直ぐに相手の前へと踏み込み、ただ振り下ろすだけの単調な動作。しかし、死徒によって鍛え抜かれたこの身にとってその動作は普通の人間ならば気づくこともなく両断するものである―――

 

「―――ちっ。」

 

 が、その一撃は間桐の頭に到達する前に飛来した攻撃を避けるための動作で中断せざるをえなかった。無理矢理行動を中断し、大きく跳び退る。何時の間にか視界の隅には黒い影を従えた老人が浮かんでいた。

 

「出来損ないでも孫は可愛いでの。そこまでにしてくれんかね。」

「―――っ。これはこれは間桐の老獪。まさか、貴方まで参加しているとは思いませんでしたよ。よほど聖杯が欲しいと見える。」

「カッカッカッ。聖杯はマキリ500年の悲願。アインツベルン同様そうそう諦めたりはせん。」

「お爺様。あいつはこの僕を殺そうとしたんだ。はやく殺しちゃってくださいよ。」

 

 ここぞとばかりに間桐がその老人にすがりつき、勝ち誇ったようにこちらを見ている。どうだと、これで自分の勝ちだと、こちらを見下している。老獪はそれを歯牙にもかけずただ興味深そうにこちらを見ている。

 相手の黒い影は間違いなくサーヴァント。思考がロックされているために読むことができないが、恐らくアサシンのサーヴァントだろう。だとすれば、確かにこの状況無事に切り抜けることはできまい。自分の最強の手札を切ってもこの場を漸く切り抜けることができるかもしれないという程度。ならば―――

 

「―――ふむ。七夜たいまの分家の末裔か?面白い浄眼も持っておるわ。その浄眼でなにを視る小僧。」

「答える必要性は感じないなマキリの老獪。どちらにせよ―――」

 

―――その最強の切り札を持って総てを叩き伏せる。

 

「―――どちらかは此処で果てるのだ。」

「ヌ。」

 

 刀は左手に、右手は左手に添えるだけ。刀に通していた魔力を加速させる。刀から溢れた魔力はまた自分の中へ。今この時、自分に必要なのは何を成すかという意志のみ。魔力の波に悲鳴を上げる体は無視し、もう無理だと悲鳴を上げる浄眼の精度を更に上げ、ただ深く、深く、深く―――

 

「カッ、させると思うてか小僧。」

 

 老獪の声を受けて黒い影が闇にとけ、その闇から漆黒の短剣が迫ってくる。その数は4、狙うは首、心臓、右目、左肩。

 しかしそれも総て無視。どちらにしろソレを払っていては間に合わない。これを間に合わせればその短剣なぞ4といわず数十は弾ける。

 

I divorced from世界は――― ―――

「エンっ」

 

――― ギィン

 その集中は馴染み深い友の声と、迫りくる短剣を弾く剣戟の音によって中断された。目の前には銀の甲冑を纏い、不可視の何かを持った少女の姿。その表情は厳しく、短剣が投擲された闇―――暗殺者のサーヴァントを射殺さんと睨みつけている。

 

「ふむ。どうやら風向きが悪いようじゃ。今宵のところは退散とするか」

「な―――。逃げるのですか魔術師メイガス。」

「カッカッカッ。そう焦るでないセイバー。聖杯戦争ははじまったばかりじゃて。御主等が生き残れればまた機会もあろう。」

 

 間桐を伴って老獪もまた宵闇へと溶けていく。ソレを油断なく見送ってからセイバーと呼ばれた少女はこちらへと視線を移し、その不可視の剣をゆっくりと構えた。

全く、事態は少しも好転していないようだ。

 

「貴方も此度の聖杯戦争のマスターとお見受けする。残念ですが此処で消えてもらいます。」

 

 吐く言葉もない。相手が剣の英霊となれば、サーヴァントを従えていない俺には間違いなく成す術は無いだろう。数瞬後にはこの体は剣の英霊により斬り捨てられ肉塊となるしかない。だから、

 

「駄目だセイバー。エンとは話し合えば何とかなるかもしれない」

 

 そんな知合いの声は、場違いすぎて吹き出しそうになってしまった。

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