――――― interlude
「なによ・・・あれ。化け物じゃない。」
「確かに。今回の聖杯戦争。最大の障害はバーサーカーで相違あるまい。」
先ほどの戦闘を思い出す。バーサーカーのマスターと今回の聖杯でのイレギュラークラス―――恐らくあの戦闘方法から見てディフェンダーだと思うが―――の戦闘は思わず言葉を忘れるほどのものだった。
吹き荒れる死の気配に、暴風のような剣戟。本来バーサーカーとは能力的に低い英霊が該当しやすいクラスだ。そうでなくては制御ができない。なのにあのマスターはアレほど強大な英霊をバーサーカーとし、軽々とそれを制御している。悔しいけど、あのマスターは最高クラスのマスターだ。
「凛。君は失念しているみたいだが、あのもう一つのサーヴァントもまた油断はできない。」
「え?もう一つのサーヴァントって、見るからにディフェンダーなんだし防ぐことならお手の物なんじゃないの?」
目の前の赤い外套の男―――アーチャーは、やれやれと呟くと呆れたように私を見た。
「あのバーサーカーの剣戟を受けてまともに立ち会えるのはセイバーかランサーが関の山だろう。並のサーヴァントならばその剣圧だけで潰されかねん。それをまともに受けて吹き飛ばされずに、あまつさえ押し返すなどという芸当、並のサーヴァントにできるものでは無い。」
「う―――」
言われてみればそうだ。あのサーヴァントは戦いの最中一度として後ろに下がっていない。それどころかあの巨体を押し返していたのだ。その光景は力場が狂っているようにしか見えなかったのも事実だ。
「楯の力かあのサーヴァントの技量か、それはわからなかったがね。後、もう一つ。」
「なによ。まだあるの?」
「あぁ、あのサーヴァントは攻撃にでれなかったのでは無い。攻撃にでなかったのだ。私が見るだけで10回あのサーヴァントは攻撃できる隙をわざと見逃した。」
その言葉に今度こそ絶句した。
「全く、どこの英霊かしらないが敢えて自分から攻撃を仕掛けないとは、元から今宵は決着をつける気はなかったのだろう。」
「そう、どちらにしろ油断はできないわね。マスターの方にも見覚えがあるし、早目に決着をつけておくのもいいかもしれないわ。」
ディフェンダーのマスターには見覚えがあった。2年A組―――つまり私と同じクラスのキリヤとか言う生徒だ。
明日にでも彼とはゆっくりと話し合う必要がありそうだ―――
――――― interlude out
V 運命の夜
いつも通り朝早く家にやってくる後輩―――桜と朝食の準備をし、何もしないのに人一倍食う藤ねえを餌付けしてから登校した学校はいつもと何か雰囲気が違った。
「・・・先輩?」
真新しい校舎には汚れ一つ無く、校庭で部活をしている生徒もいつもと同じく生気に満ち溢れているように視える。
にも関わらず、酷く違和感を覚える。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、気のせいだ。」
目をつぶれば違和感はイメージとして浮かんでくる。校舎に張りついた粘着性の汚れに、人形のような生徒が走り回る校庭。
―――それは、なんて、異質
「本当に大丈夫ですか?体調が悪いようでしたら今からでも休まれた方が―――」
大きな青い瞳を細めて心配そうに桜がこっちを見ていた。
あぁ―――俺はそんな酷い顔をしているのか。
でもさっきまでは体調はすこぶる良かった。今も多分悪いというわけでは無い。校舎から滲み出るような違和感に、体が耐えられないのだ。
「大丈夫だよ。桜。少し眩暈がしただけだから。」
「でも先輩、顔色が・・・」
困った。こうなった桜は結構頑固だ。
どうしたものかと思案していると
「そんなところに立ち止まってどうしたんだ衛宮。立ちくらみか?」
なんて、エンが背中から話し掛けてきた。
エンはこの学校に入ってからできた友人で、元弓道部繋がりでもある。射は巧く美綴と並ぶぐらいの腕前なのだが、慎二に反発して辞めたという経緯を持つ。桜によれば、偶に慎二が居ない時に弓道部に行って後輩の指導をしているらしく弓道部後輩の評価はいいらしい。
「何でもないんだが。少し疲れでも溜まってるみたいだ。」
「頼まれたからって何でもするからだ。少しは自重しろ。」
薄茶色の瞳を細め大げさに溜息をついたエンは、言っても無駄だろうけど、なんてことまで言ってくる。
「む。だって俺にできることならやってあげたいだろ。」
「・・・」
呆れたように更に目を細め、まぁそれでこそ衛宮か、なんてことまで言われた。
なんでさ。
「先輩。わたしはここで。霧夜先輩、先輩を宜しくお願いします。」
「おう。」
エンが来て安心したのか、桜は時計を見て走り出した。自分の体調のせいで引き止めてしまったのだと思うと悪いことをしたと思う。
部活に行く桜を見送りながらもう一度違和感を振り払うために頭を振る。あまりに酷いようだったら保健室のお世話になった方がいいかもしれない。
「衛宮、最近は物騒だからな。"巻き込まれたくなかったら"手伝いも程々にしておけよ。」
「それぐらいちゃんとわかってるさ。」
「ふむ、どうだか。後輩にまで心配をかけるような奴の言葉は信用できないな。」
「む・・・」
「思い当たる節があるのか。呆れた奴だ・・・」
エンは今日何度目かわからない溜息をつき、心底呆れたようにこっちを見た。
「警告は一度だ衛宮士朗。夜は迂闊に出歩くな。」
「え?」
言いたいことはいったのかさっさとエンは去っていってしまう。一体何が言いたかったんだろうか。
エンはあまり難しいことを言う奴ではないから余計その言葉の意味が引っかかる。
「駄目だ。わからないな・・・」
結局予鈴がなるまで考えて、朝だからかまだ頭が動かなかった。
「―――で、話ってなにかな遠坂さん。」
「それ、本気で言ってるのかしら霧夜君。」
「まぁ、半分ぐらいは本気かな。」
俺の言葉に、ウチの学年一の天才少女は少し怒ったようだった。
4限も終わり昼休み、いつものように食堂で簡単に済ませようと思っていた俺は廊下に出たところでこの優等生に脅された。彼女は有無を言わせず極上の笑顔で屋上に来いとだけ言うとさっさと立ち去ってしまった。
推測するに昨日のアレを見られたか。
「で、どういうことかしら。」
しらばっくれるつもりは無いわよね、と半眼で訊いてくる。
「それは、聖杯戦争のことかな冬木の管理者。」
「っ―――!じゃあ次。この結界は貴方の仕業かしら?」
遠坂の雰囲気が、変った。此処にいるのは既に優等生の遠坂凛ではなく魔術師の遠坂凛だ。
その視線を適当に受け流しながらどう答えようかと思案する。
この学校に結界が張られていることは朝来て気づいた。発動すれば人の肉体と精神を溶かし吸い上げるもので、魔力の供給が十分で無いサーヴァントにとって最高にして最低の結界である。
この結界に気づいた時アイギスは無表情のなかにも少し怒りをまぜたような瞳で校舎を睨みつけていた。無関心を装っているが彼女はこの結界の存在が酷く気に入らないらしい。らしくない感情だが、彼女が気に入らないものならばそれを壊そうかとも考えたが、どうも俺だけではこの結界の解呪はできそうに無い。ここでセカンドオーナーである遠坂の協力をえれば何とかなるかもしれない―――
「残念だけど、教えるわけにはいかないな。」
―――が、今のこの状況はとても面白い。
恐らく遠坂はこの学校にいる別のマスターに気づいてはいないし、俺と遠坂以外にこの学校にマスターがいる可能性を考えていない。そもそも、昨日まで俺が魔術師であることを知らなかった可能性すらある。まぁ俺に関しては魔力殺しをいつも身につけているし、遠坂は俺のような"眼"を持っていないので仕方ないといえば仕方ないが。
「それは、どっちの意味で取ればいいのかしら。」
「お好きなように取ってくれればいい。まさか、協定を結んでもいない相手に情報を流せるとでも思っているのかな。」
ギリ、という音が聞こえてきそうなほど奥歯を噛み締めこちらを睨みつけている。しかし、その表情で確信した。この少女は先入観に思考が左右されるタイプでイレギュラーを考えない人間だ。恐らく、その考えで勘違いしたまま突っ走るために肝心なところでミスを犯すような人間だろう。
「なにがおかしいのか、教えてくれるかしら霧夜君。」
どうやら表情に出ていたらしい。気をつけなくては。
「いや、今俺が持ってる一番信頼度の高い情報を教えたときの遠坂さんの表情を想像したら、顔が緩んでしまっただけだから気にしないで。」
「何ですって―――!」
「まぁ、そう怒らないでよ。この結界を張った人間が誰かどうかはこの話を聞いたあとに考えてくれても遅くは無いよ。」
遠坂からでていた殺気が少し緩み、いいわ言ってみなさい、と言わんばかりに腕を組んでこっちを半眼で睨みつける。その表情が驚愕に彩られるのを想像しながら、俺は親切にも情報を渡してあげることにした。
「この学校には今の時点で俺と遠坂さんを除いて後一人マスターがいる。今日の夜辺りにでももう一人増えそうだけどね。」
「なっ―――!嘘でしょ。有り得ないわ。そうか、でも―――」
どうやら与えた情報のせいで深い思考の海に旅立ってしまわれたらしい。でも一瞬見えた驚愕の表情は中々見ることができないもので、いいものを見させてもらった。
さて、そろそろ5限も始まることだし、俺は一足先に教室に戻らせてもらうとしよう
―――――interlude
学校にある結界を消すまでは行かなくとも邪魔ぐらいにはなるだろうと、作業をするために残った学校で、私達はランサーと一戦を交えることになった。
結果は引き分け、アーチャーが言うにはあの時宝具を撃たれていればやばかったと言うことなのだけれど思わぬ邪魔が入り撃たれることはなかった。
「なんて迂闊。」
「凛、言っておくが君が今しようとしていることは実に無駄なことだ。」
その邪魔はランサーの槍で心臓を一刺しにされ絶命寸前だった。絶命していれば諦めもついただろうし、ましてやそれがアイツじゃなければ絶対に諦めはついていたはずだ。
でも助けた。ギリギリ生きていたこともあるし、心臓を貫かれたそいつが死ねば確実にあの子は哀しむから。父の遺産であるペンダントの魔力を使い、無理矢理生き返らせた。そこで、無駄なことに父の遺品を使ってしまったということと、そもそもそんな状況を生み出してしまった自分への嫌悪でその後に起こる事柄まで考えが回らなかった。
「折角助けたんだもの。生きてもらわなきゃ困るわ。」
「やれやれ。」
アイツが殺されかけて、生き返ってからおよそ3時間。もう既に遅いかもしれない―――
「やっぱり、いる。」
住宅地の端の方、郊外といっても差し支えが無いような大きな武家屋敷の中、さっきまで戦っていた敵の気配がしてくる。あぁきっと、もう間に合わないだろう、と頭の片隅で思った。でも、まだ諦める訳にはいかない。
「アーチャー、塀を飛び越えていく―――」
私の言葉は、屋敷の中からの白光に塗りつぶされた。ランサーのサーヴァントの気配を圧倒的に上回る強烈な気配。
―――今日の夜辺りにでももう一人増えそうだけどね
そんな、クラスメイトの言葉が蘇る。
「う―――」
目の前の塀をランサーが飛び越え、一目散に去っていく。それはつまり、最後のサーヴァントが今此処で召還されたと言うことに他ならない―――
「―――そ。」
「凛!下がれ!!」
呆然と塀を見あげるしかできなかった私を突き飛ばし、アーチャーが何時の間にか持っていた双剣で頭上から振り下ろされた月光を受け止めた。しかしそれも一瞬、受けた体勢が良くなかったのか、それとも実力に差がありすぎるのか、アーチャーはそのたった一撃で体勢を崩され、今正にその首を跳ね飛ばされようとし―――
「止めろ、セイバーーーーーーーーーーー!!」
そいつの声が響いてきた。
銀の甲冑は停止し、本来ならば止められるはずのない一撃は不自然な体勢で止められ、見目麗しい少女はギリ、と奥歯を噛み締めながら大きく一歩退いた。
―――――interlude out