「二人ともいい?今いったようにすればできるわ。それで、あの子を助ける手助けをして欲しいの。」

 私の言葉に二人とも素直に頷いた。異質な力を見たばっかりだからか、飲み込みは早かった。司ちゃんもそれぐらい飲み込みがよければいいのだけど。現実はそう甘くは無いわね。

「どうして、手助けが?鹿島には古来から、守護の力が、あるのではないのですか?」

美琴ちゃんは納得がいかないのかそう呟いた。それで、私もそういえば説明してないことに思い当たる。どうも気づかないうちに焦ってしまっていたみたいね・・・。

「それは、司ちゃんの力が司ちゃん自身に危険を及ぼすものだからなの。」

「自爆技なんですかっ」

「望。少し、黙って。」

 一人で勝手に盛り上がりを見せた望ちゃんを一蹴する美琴ちゃん。なんというか、本当にいいコンビだと思う。あくまで傍観者としての立場からいえばだから渦中に巻き込まれるのは遠慮したいわね・・・。

「まぁ自爆技っていうのもなかなか的外れでもないのよ。あの子の力は封魔封神と呼ばれるものなの。自らの身体に霊なるものを取り込み、その体を通して無念を晴らしたり、浄化したりする力なの。だから、未熟だったり、器が足りなかったりすると司ちゃんの体が崩壊したり乗っ取られてしまうことだってあるわ。」

 そう、そしてそれは正常な状態で身体の中に何かを取り込み大丈夫だったとしても、術者が極端に弱ると顕著になってくる。今回、未熟なあの子はひょっとしたら死に瀕しているかもしれない。もし本当にそうなっていたときに怖いのだ。それは、アレが目を覚ましてしまうということなのだから―――

「もっと詳しい話は後でね。どうやら、最悪の事態になっている見たいだわ。」

 死界の大気の色が紅に染まる。死界という異界を侵すほどの力が、展開されている―――

「急ぎましょう。本当の手遅れにならないうちに・・・」

 自分の言葉が、少し空しく聞こえた。

 

[まったく、ただの怨霊風情がよくもやってくれたものよのう]

不意にその空間にそんな言葉が響いた。冗談のように空中へと投げ飛ばされた司はまるでサーカスかのように空中で一回転をし、折れた足をものともせず華麗に着地をする。

その様子は先ほどまでの雰囲気とは全然異なり、その声音すら、まるで女性のような声になっていた。

 [わらわでなければこの足で歩くことすら困難であったろうに]

 司が一歩前へと進むごとに、周りの世界が紅に侵されていく。まるで、その存在そのものが世界を侵食しているようだった。

「キ・・・さま、だレだ」

 相手の言葉にくくっ、と司が笑う。

 [この地に生きながらわらわを知らぬか。まぁ、仕方あるまい。鹿島も昔の名残を残すのはこやつの先代のみ。現代に生きる汝が知らぬのも無理は無い。だからといって、汝にわらわの名は教えてやるほどわらわは人ができてはおらぬ。]

 投げられた拍子に飛んでいた短刀の柄を司は拾い、まだこれがあるのか、と感心したように嘆息した。

[それに、わらわの名は特別なものじゃ。汝のような怨霊風情は聴くことすら出来ぬと知れ。]

「気が変ワっタ。オ前かラ壊しテやル」

 魅帆であったものはまるで物を投げるかのごとくその右腕をおもいきり振りかぶり、振り下ろす。次の瞬間、冗談のように延びた腕が司に襲い掛かり、司は柄だけの短刀でそれをなんなく切り落とした。

「グ・・・!?」

 [汝はわらわの司を傷つけた。汝の名は訊かぬ。ちっぽけな噂の主よ。汝は噂のまま、人々の記憶に留まらず滅び去るがよい。]

 そう言い放つと司は優雅に、短刀の柄を水平に持ち上げる。瞬間、空間に充満していた紅が刀身に集まってくる。

「っ!!」

 魅帆であったものが異常な空間の更なる異質に気づき、そこから離脱しようとして

 [逃がさぬわ。始式無刃”]

 紅の風が、疾る。魅帆であったものの両足を切断し、人間ならば心臓の在る位置に紅の杭が打ち込まれる。

 [汝には死すら生ぬるい永劫わらわの劫火に焼かれ続けるがいい。壱式火塵紅魔”]

 地面から吹き上がる劫火が、全てを飲み込み、空へと立ち上がる。決して消えることのない魔性の焔はやがて収束し、死界の空に穴をあけた。

[見えるか。アレが焔王結界、汝が永劫閉じ込められる鹿島の結界じゃ。]

「ヤめ・・ロ。俺ハたダ―――」

 [汝は鶏頭か?汝の名など、意味など、全て訊かぬと言ったであろうに。なに、気にせずともよい。いずれ、焔王結界の中で焼かれ溶けていく運命よ。数刻もたてば苦痛以外なにも感じられぬようになる。]

 お別れよのう、と司が呟くと空の穴から溶け出した紅蓮の劫火が、魅帆であったものを包み穴の中へと、引き込んでゆく。

「あ・・・ぁア、アアぁぁアァァああぁアアああアア」

 悲鳴だけを残して、その空は静かに閉じていった。

 

「我は命ずっ!そこを動くな

[ほう・・・]

望ちゃんの言霊が、悠然と立つ司ちゃんを縛り付ける。そこには予想通りの光景が広がっていた。紅の大気を纏う司ちゃんの姿。封魔封神により司ちゃんの中に封じ込められたものが、司ちゃんの肉体を支配してそこに立っている。

「うん。構えて、紫」

 隣では美琴ちゃんが護符に封じられていた式―――二尾の狼―――を従え、臨戦態勢に入っている。

あの相手の動きを不意打ちとはいえ縛り付けることが出来た望ちゃんの言霊も、難なく上級の式である二尾の狼を従えることが出来ている美琴ちゃんも、その潜在能力はかなりのものだと思う。それでも、まともにやりあえば、確実にこちらに勝ち目は無い―――

「司ちゃんを返してもらいます。」

 御符を構えるこちらを見て、司ちゃんはにやりと笑った。

 [なに、わらわは司の力になりこそすれ乗っ取ることなどありえぬ。殺すことなどもってのほかだわ。]

 その声は、あの日、司ちゃんが初めて力を行使した日に聴いたものと全く変わらなかった。司ちゃんの身体に二度と消えない傷を刻み込んだ忌々しい原因であるあの声と。

「ならば、すぐにお返し頂けますね?」

 [くく、現世を歩いて回るのもよいかと思うたが、汝らに見つかっては仕方あるまい。]

 一瞬、巫女装束を着た黒い長髪の少女が司の背後に見えた。

[今宵はこれまでじゃ。次回を待つとしようかのぅ。]

 あぁ、とそれは付け足すように呟いた。

 [わらわを殺したくば次回の逢瀬の時にでも。なに、そう遠くは無い。わらわたちの力は自覚すれば加速するものだからのう?桜花]

 私の名前を呼ぶとそれは楽しそうに笑った。

 そして、その笑い声だけを残し、司ちゃんは糸が切れた人形のように倒れこんだ。

 

 ふと、気が付くとそこは見慣れた天井だった。というか、自室の天井だ。

「・・・あれ?」

 何か色々と肝心なところの記憶がない。死界に踏み込んで、あの死体に投げ飛ばされたあと、俺はどうしたんだ・・・?

「神主さまー。あっ、目が覚めたのですねっ。心配したんですよー」

「がふっ」

 自室のドアが開いたと思うと、俺が起きてなくても飛びついてきたんじゃないかという勢いで望が文字通り飛んできた。さらに、それを避けようと思い、動こうとしたら足が動かなく、腹部にダイビングヘッドを喰らうという妙な構造になった訳だが。

 というより冗談抜きで痛い。

「司の足、折れてる。無理は駄目。」

 望と一緒に来たのか美琴が部屋に包帯のかえなどをもって入ってきた。なんというか何故かみんな今日はタイミングがいい気がする。

「無理を・・・してるんじゃ・・・なくてだな・・・」

 肺を圧迫され上手く声がでない。が、二人は最初から俺の話なんて聴いていない様だった。

「一応、あの後輩の件は終わったと、小母様が。後輩は、今度お礼にプチトマトをくれる、だって。」

「作り主の性格は保障できないけど味は保障できるといってましたよ。夢華ちゃんは農家さんとお友達なんですね。」

 テキパキと俺の足の包帯を換えながら美琴はいう。その間望は主に美琴の邪魔をしたり一人で喋ったりしている。望は何もしてないところを見るとはじめから何の目的もなく来たらしい。それが悪いとは言わないが、最初の一撃は重すぎる。

 だがそれよりも、今の話では弱冠気になるところが在る。

「プチトマト・・・?」                                                                                    

「そう言ってた。」

 プチトマトという言葉を発した時の夢華ちゃんのあの黒い表情が頭から離れないせいか、何かが物凄い引っかかる。

「そうだ。あと、足が治るまで自宅療養。その間こってり絞るって、小母様が。」

「・・・マジですか」

 しかし、そんな疑問も挟む余裕はすぐになくなった。なんというか、こってり絞られたら療養にならないんではなかろうか。

「楽しみにしててね、ともいってましたよー」

 とても嫌な予感がするが、折れた足では逃げ出すことすらできない。

 暫くは、なぜか自宅療養に怯えないといけない日々が続きそうで、それこそ本当に失踪したい気分だった。

 

 

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