「長引いちゃったな・・・」

 日が完全に沈んだ時間帯、委員会の仕事でいつもより帰宅が遅くなったので私はなんとなく、いつもは使わない近道をしてみようと思った。普段そこは工事をしているとかで立ち入り禁止の場所だから通ろうなんて思わなかったが、随分と遅くなってしまったので急ごうという気分を優先することにした。

 一歩、立ち入り禁止の看板を通り過ぎると言いようの無い不安感を覚えた。今までも遅くなったときは何度も通っていたので初めて使う道ではない。なのに、今日は、通ってはいけないと、直感が告げている。

「でも・・・仕方ないよね」

 そう言い聞かせる。道としてある以上そこは何かを通すために存在するのだ。通っていけない道理は無い、と小学校以来の付き合いの友達が言っていたのを思い出した。その通りだと思う。道なのだから、こういう緊急時ぐらい使ってもいいと思う。

「それにしても・・・ここはどんな工事をしているのかしら?」

 いつもこの道に入るとそんな言葉がでてしまう。それほどこの道は工事をしているようには見えない道だった。もう何年も工事のため立ち入り禁止になっているという話なのに―――

「工事なんてしているように見えないけど・・・」

そんなことを考えていると、ひた、とまるで裸足で歩いているような足音が突然後ろから響いた。

「・・・ぇ?」

 この時間帯、同じことを考えているのかこの道を通ろうとする人はよくいる。それでも、今日に限って誰にも会わないのは不思議だと思っていた。そう、この瞬間までは。だって、あまりにも、おかしい。小さい子供ならともかく、アスファルトの上を靴で歩く音ではなく、裸足で歩く音がするなんて。

 漠然とした恐怖が、背中を後押しして自然と足が速まっていく。なのに、その足音は規則正しく響き、離れるどころかまるでそれが当然といわんばかりにどんどんと距離を詰めてくる。

「う・・・そ・・・」

 そして、その足音が自分に追いついたと思ったとき、見えない力によって強引に引き止められた。足が地面に根を張ったかのように持ち上がらず、空と地面の両方から引っ張られているみたいに背筋が異様に伸びる。

 足音は完全に止まっていた。そう、私の、背後で。

「――――――、――――。」

 その足音の主は私の背後で何かをぶつぶつと喋っている。反射的に後ろを向こうとして首すらも動かないことに気がついた。振り払って逃げようとしても手すらもまるで凍ってしまったかのように動かない。

「――――、――――。――――?」

 あいも変わらずそれは耳元で何か囁き続けている。でも、なんで、1メートルも離れていないというのに、こんなにも辺りが静まり返っているというのに、耳元で囁かれる言葉が聞こえないの―――

「・・・ぁ・・・」

 そして、思い出してしまった。最近、何故か囁かれるようになった噂。

 夜道を歩いているときに、後ろから来たモノに対して悲鳴をあげてはならない。夜道で後ろから来たモノに名前を訊いてはならない。何よりも、その存在に、あってはならない―――

 全くくだらないものだと思っていた。子供たちの遊びではやった噂だと、誰かが遅くまで遊んでいる子供を諌めるために作った作り話だと、そう、思っていた。

「―――。―――――、ね?そうでしょう?魅帆ちゃん?」

 ゾクリ、と背筋が凍る。どうしてこれは、私の、名前を、知って、いるの―――

「あなた・・・なんなのよっ!」

 

 それは触れてはならない禁句

 

 恐怖を振り払い、何故か動くようになった体を動かして勢いよく振り返り

「っ―――」

 見てはならないものを、視てしまった。

「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」

 どさり、と持っていた荷物が落ちた音が、頭の中で無性に響いた。

 

 

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