ギシリと身体が軋んだ。いろいろと無茶をしたせいで体が限界を超えてしまったのだろう。それでも、ここまで身体がもってくれたことには感謝しなければならない。
「は、っあ、」
今逃げ込んだ部屋は少し大きめの居間みたいな形になっている。その部屋の中央には祭壇の様に少しだけせりあがっている場所があった。そこは目的の場所。だからあと少しだけ、限界を超えた身体に鞭を打つ。
「これでっ」
その場に辿り着き、大きく手を振りながら指を鳴らした。
駆動式、起動―――
そんな声が、頭の中に響いた。後はこれに座標を入力し、魔力を喰わせるだけ―――
「そこまでだ。」
どうも、世の中はそう上手くはできていないらしい。
私が振り向くとそこには、忌々しい男が大勢の部下を引き連れて偉そうに立っていた。部屋が暗いのでわからないがあいつは多分自慢げな表情をしているに違いない。そういう男だ。いまここで私を追い詰めたことに優越感を感じ、私をどう屈服させようかと考えているのだろう。でも、私はそう安くはない。
「私のものになるか、ここで果てるか好きな方を選べ。」
「は、頭おかしいの?あなたごときの器じゃ私を支えきれないわよ。」
ピシッと周りの空気が軋んだ。怒ったのだろうか?本当に安い男だ。
「捕らえろ。じっくり調教してやる。」
相手のその声に合わせて腕を振り、方向性のない魔力を相手の方角に叩きつけた。それだけでも相手に対する牽制になり、その場を凌ぐぐらいの役には立つ。実際、部屋に乗り込んでこようとしていた相手の部下は直撃をくらって動けないでいた。本当ならここで相手を全員焼き尽くしてやりたいところだが、残念ながらそれほどの魔力も体力もない。
「大人しく従うのが、双方のためだ。」
は、と自分でも驚くほどの相手を嘲笑する笑いがでた。それほど、相手の言葉が滑稽で仕方がない。あれは、本当に私をモノにできると思っているのか。
「群れなければ何もできない”混じり物”が大きくでたじゃない。”混じり物”は”混じり物”らしく隅っこでガタガタ震えてればいいのよ。」
そんな気持ちからか、そんな言葉が口をついた。その言葉は誰が聞いても明らかな去勢だが―――
「なん・・・だと・・・?」
しかしそれが予想以上に威力をもってたんだから、私の口の悪さも捨てたものじゃない。
「聴こえなかった?本当に、何から何までデキソコナイなのね?」
これ以上の好機は存在しない。だから、さらに相手を挑発し、とりあえず思いついたことを口にしながら座標入力を省いて、祭壇に魔力を喰わしていった。
座標点、未入力。座標点ヲ登録地点カラ検索シマス―――
検索完了、座標点入力完了―――
順次声が頭に流れてくる。この声は祭壇上にいる私にしか聞こえないので入り口付近で激昂し、罵声を吐き散らしてるあいつには聴こえないだろう。
「だから、あなたはデキソコナイなのよ。私の真意にすら気づけない。」
魔力解析完了、使用者:レミーシャ=フィルエラ―――
転送ヲ開始シマス―――
瞬間、魔力による暴風が私の視界から全てをかき消した。私の大始祖が組んだ空間転移の大魔法を発動させるための魔術式があの祭壇だった。血縁のものにしか操れない限定的なものではあるが、それが今回は都合がよい。
「此方より、彼方へっ」
風が私を包み、次の瞬間私の意識は断絶した。
それは、本当に綺麗な月夜だった。満月には届かないが、待っていればいつか満月になってくれるような月。昔の人も立待月とはよく言ったものだと思う。しかし、実際は立って待っていても満月にはなってくれないので大人しく天を仰ぎながら帰路に着いていた。
「はぁ・・・遅くなったな・・・」
バイト先もバイト先だ。いくら忙しいとはいえ、学生をこんな夜遅くまで手足のように使わないで欲しい。・・・まぁでも遅くまで入れるといったのは自分なのですが。一人暮らしのせいか遅くになって家に帰るということにあまり抵抗を感じていないため、ついつい頼まれるとはいってしまう。自分でも悪い癖だと思う。
「さっさと帰って・・・寝るか。」
そうやって自分に再確認させる。だというのに、足は意思に反してわけのわからん道を辿っている。全く知らない道だというのに足は迷うことなく逡巡することなく、そして俺を休ませてくれることもなく進んでいく。その様子はまるで、俺の身体が何かに呼び寄せられているようだった。
「あーもー勝手にしてくれー」
そしていい加減どうでもよくなってサイを投げた。いくら頑張っても身体は止まってくれないし、何よりこうやってどこかに向かってる自分に対してたいした違和感を感じないのだ。いや、むしろこの感覚には親近感すら覚える。確かこんなことが以前にもあって、そんとき終着点にあったのは―――
「なんだったか・・・」
思い出せない。どうも最近頭の回転率が落ちている気がする。ボケか、それとも実際はどうでもよかったことなのか。
そんなことを考えているうちに目的地に着いた。
そこは無駄に広い空き地だった。周りに電灯はなく、とても薄暗い。なのに、その空き地に真ん中だけまるでスポットライトを浴びているかのように明るかった。いや、明るく感じた。だって、あまりにも綺麗な金髪が、月明かりを浴びてとても綺麗に光っていたのだから―――
「ひ・・・と・・・?」
空き地の真ん中に、宵色のマントを着た、とても綺麗な少女が、冗談のように、そこに倒れていた。
「これはまた・・・コメントのしようがない・・・」
だれにでもなく呟く。わかっている。この場所に俺の身体が呼ばれていたとするならば、それはきっと彼女が呼んでいたということだろう。そして、その少女が倒れているのだ。だからやることはわかっている。ただ、ものすごく気が進まない。
「あぁ・・・きっと、」
これは厄介事だから―――
そんな俺の呟きは酷く澄んだ綺麗な夜空に吸い込まれるように消えていった。